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業種特化社労士の視点から(第50回 『NPO業界編』)

<森 大輔 氏>

●1.NPO法人に取り組むきっかけ
私がNPO法人の労務に取り組むきっかけになったのは、1995年阪神・淡路大震災です。1995年はボランティア元年といわれている年ですが、阪神・淡路大震災のテレビ中継を目撃して2か月後、何のつてもないまま、神戸商業高等学校へボランティアとして1か月間行ってきました。日本全国から同年代の綺羅星のような若者たちが集まってきて、ボランティア活動を経て、その後の私の人生に大きな影響を与えてくれました。
震災つながりになりますが、私は現在落語を勉強中です。我が師匠が、2011年の東日本大震災の後に「よつば保育園の園児たちを激励にいった動画」を拝見し心を打たれて、落語を習うならこの方しかいないと思い、入門いたしました。

2.NPO法人とボランタリー活動
NPO法人が他の業界と比べて違いがあるのは、有給活動(=雇用関係)の他、ボランタリー活動があることです。ボランタリー活動とは、自発的・自律的に行われる活動で、不特定多数の利益の増進を目的とするものです。ボランタリー活動はNPO法人の労務を考える上でのキーワードになります。
昭和22年に施行された労働基準法(以下労基法)は、工場法という法律がベースになっていますが、対象者は法施行時の工場労働者や炭鉱労働者です。労働には強制的に働かせられてきた歴史があります。一方、ボランタリー活動は、自然発生的に行動をおこし、周りにいる人を巻き込んでいき、活動の輪が広がっていくものです。労働とボランティアの違いは、「自発的に行動できるか」「自らの意思で断れるか」にあると言われています。

3.NPO法人の現在
最新の統計資料からNPO法人の現状を確認してみましょう。『令和5年度 特定非営利活動法人に関する実態調査報告書』(令和5年調査 令和6年3月に内閣府発行)によりますと、令和5年5月末時点における全国のNPO法人は51,866法人あり、令和5年5月末時点の全国のコンビニ軒数は55,724店(JFAコンビニエンスストア統計調査月報なので、ほぼ同数になります。
同報告書によると、有給職員の年間給料手当総額の中央値は認証法人では令和5年度118.8万円(令和2年度では210.0万円)、認定・特例認定法人で600.0万円(令和2年度613.4万円)となっています。当時、コロナ禍で団体の収入が入らない状況で雇用維持が難しく、整理解雇や雇用から業務委託へ変更したいというご相談があったことと合致します。
認証法人の有給職員の中央値は令和5年度で2.0人、常勤の有給職員は1.0人です。直近では、常勤1名(場合によって代表)と有期雇用1名の構成で、2名程雇用している団体が増えてきています。団体数が多いわりに有給職員の人数と給与水準が低いのが特徴です。

4.NPO業界あるある
NPO業界あるあるを見ていきましょう。

①前任者がつくりました。
「前任者がつくりました。」これは良く聞くフレーズです。3.で取り上げた報告書のとおり、給与水準が低いので、NPO法人に定着せず、2~5年間で事務担当者が退職してしまいます。十分な引継ぎをしないので、これまでの経緯がわからない。団体の財政規模を考えて有期雇用のスタッフで事務局を回すため、知識やノウハウが積み上がらない。そのような状況なので、労務相談を受ける際、就業規則を元にお話をしますが、就業規則の内容自体を把握していない相談者が多く見受けられます。

②大企業をベースにした就業規則
意外に多いのが、大企業をベースに作成されている就業規則や労働条件です。理事などが大企業出身者の方で、勤めていた会社のルールが一般的なものであるとお考えになって作成されているようです。例えば、これまで私が見た中では、1日の所定労働時間が7時間でありながら、法定内の時間外労働に割増賃金の支払いを約束している、NPO法人の財政規模にあっていないルールがあるケースなどがありました。このようなケースで就業規則を変更する場合、労働条件の不利益変更に該当することになります。実態をよく伺った上で、慎重に進める必要があります。

③団体の中でスタッフにはいくつもの顔がある
NPO法人では、人件費が確保できなくてもミッションに合わせて団体の活動をすることがあります。その場合スタッフは、「この業務は有給職員としての活動」・「この活動はボランティア活動」と複数の顔をもつことがあります。平日はフルタイム勤務、仕事が終わらないので、土曜日・日曜日は同じ施設でボランティア扱いにして勤務をしている。団体にお金がないことを知っているスタッフが、時間外労働分はボランティアと無償で働いてしまう。そんなケースもあるようです。

④有償ボランティア
福祉の分野では、ボランティア活動に対して、その直接の受益者が謝礼金を支払うことを有償ボランティアと言うケースがあります。ボランティア活動を無償で提供した行為に対して感謝の意を表す金銭のことを指すため、賃金ではないと説明されることがあります。NPO業界特有のご相談で、論点は多いです。

5.お金の払い方
「役員報酬」「給料」「業務委託」「謝礼」・・・NPO法人では、その区別があいまいであったり、同じ人に様々な名目で繰り返しお金を出したりしている団体もあります。
NPO法人では、誰かにお金を出すときに、労務や税務以外に、注意しなくてはならないことがいくつもあります。NPO法に定める非営利の担保(構成員への分配になっていないか)、役員報酬の3分の1の規定、会計基準の違い(NPO法人、社会福祉法人などによる)などがその例です。我々社労士は、労基法以外にも、NPO法についても知っておく必要があります。
労務の実態が雇用契約である場合、賃金の支払いが必要ですが、労働条件通知書や就業規則が整備されていないことが多く、資金面でも苦しい団体も多いため、トラブルが起こりやすい環境にあります。

6.NPO法人の今後
コロナ禍以降、ボランタリーな活動の意義が失われつつあるようです。1998年にNPO法が制定されてから26年たって、生活に余裕がなくなり、無償で活動できない、という人が増えていることで、何かしてもらったらお金を出したほうが良いと考える団体が増えています。
個人的な会費収入や寄付により活動している団体は、金がない中、どのように人員を確保するか、我々社労士がお手伝いできることは多いのではないかと思っています。すぐに顧問契約を結ぶのは難しいと思いますが、例えば、報酬を支払うことになった代表の特別加入をお手伝いしたり、一緒に考えながら労務の書類を整備したりするなど、団体のお役に立ちながら、顧問契約へつなげる方法はあると考えています。
雇用ができず、業務委託と謝礼の支払いをする団体については、令和6年11月施行のフリーランス法(通称)について情報提供すると喜ばれると思います。

7.NPO法人とお付き合いするうえでの心構え
NPO法人は、社会的な課題・問題を解決するため、最初から雇用を目的としているわけではなく、人間的なつながりの中で、ボランタリー活動を続けていくうち、規模が大きくなって、臨時の有期雇用、常勤の有給職員となっていくパターンが多いと思います。
多くのNPO法人の方たちと出会い、思い起こすと、皆様、真面目で、ミッションへの共感や理想に燃えて、何よりも活動が最優先、という方々ばかりでした。活動に注力する傾向が強いので、それ以外の分野であるガバナンス、組織運営、法改正の情報または法改正への対応策は疎かになりがちです。活動者としての認識をもっている方が多く、何事も人間関係で始めるため手続きや書類がなくトラブルがおこりやすい環境にあります。
心構えとしては、「日々の活動に精一杯な方々の現状を聞き取って、お気持ちをしっかりと受け止めつつ、一緒に手探りで答えを見つける。たとえるなら、落語の長屋のご隠居のような佇まいでお話しを伺う、そんな専門家が求められていると思います。

ふくすけサポート社会保険労務士事務所
 森 大輔 氏

社会保険労務士、産業カウンセラー、すまいる亭ふく助
阪神淡路大震災後、一カ月泊まり込んでのボランティアが、社会保険労務士を志したきっかけ。
資格取得後、労働基準監督署で2年間の勤務、NPO法人を含めた顧問先600社以上の社会保険労務士法人に約10年間の勤務。平成27年開業、東京ボランティア・市民活動センターでNPO法人向けの入門講座を担当、平成28年から台東区社協の専門相談員を拝命中。
小冊子「選ばれるNPO法人になるために(Q&Aで学ぶ労務)」を執筆。お客様の「社外の人事部長」として日夜粉骨砕身中。「すまいる亭ふく助」として落語修行中。

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