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業種特化社労士の視点から(第48回 『人材ビジネス業界編』)
<大河 健二 氏>
私は岡山県で社労士事務所を開業し、今年で7年目となります。労働者派遣事業を中心とする人材ビジネス業界(以下「派遣会社」)の支援に特化した運営を行い、売上の8割程度を派遣会社が占めています。「業界特化」というと聞こえは良いですが、実際には開業時に「経験豊富な先輩社労士との競争に勝てる分野はないか」と考えた結果、この分野しか無かったというのが本音です。迷いはありましたが、開業当初から名刺やホームページにも「派遣会社のための社労士事務所」と記載してスタートしました。
結果としては、自らの営業による関与先開拓だけでなく、当初は競争相手と考えていた先輩社労士の皆様に「専門家にお任せしたい」と取引先をご紹介いただく機会もあり、業界特化した事業運営をして良かったと考えています。また、事業運営を経験するにつれ、派遣会社にこそ私たち社労士が活躍できる機会が多くあると考える様になってきました。
今回は派遣会社を理解する上での法律の歴史や社労士が活躍できる内容について記載いたします。
●労働者派遣法の歴史と現状
労働者派遣法(以下「派遣法」)は、1986年に制定され、もうすぐ40年を迎えます。法施行当初は「業務」と「期間」による規制があり、派遣可能範囲がかなり限定的でした。具体的には、派遣できる業務は16業務のみであり、また、派遣期間の上限はわずか1年程度でした。今考えると厳しすぎる様に感じますが、当時は日本型雇用(長期雇用や年功序列等)が一般的であり、「常用代替防止」と「派遣労働者の保護」の両立を図るため必要な規制であったと思います。
法改正の変遷は、2008年前までの「規制緩和」の流れから、2008年以降「規制強化」の流れに大きく転換しています。まず、規制緩和の流れとして、1996年に「業務」が26業務(以下「専門26業務」)にまで拡大されました。その後、1999年に「業務」と「期間」の大きな改正が行われました。具体的には「業務」の面では禁止対象業務(ネガティブリスト)以外は自由に派遣できる方式に拡大が行われました。また、「期間」の制限では、専門26業務については上限3年に緩和され、新たに対象となった製造業務を除く自由化業務(以下「自由化業務」)は上限1年とされました。さらに、当時の厳しい雇用情勢を反映し、2004年改正では「期間」による制限が大幅に緩和され、専門26業務は期間制限撤廃、自由化業務は上限3年に延長されました。また、「業務」ではこれまで禁止してきた製造業務が解禁され、その後2007年には「期間」も上限3年と規制緩和が続きました。
しかし、2008年以降「規制強化」に転換し、現在に至っています。その背景には大きく2つの社会問題が影響しています。1つ目は当時の大手製造請負会社や大手日雇派遣会社に対して、偽装請負や違法派遣等による業務停止命令が出され、社会的批判を受けたことです。2つ目は2008年9月のリーマンショックを背景に、派遣契約の中途解除に伴う雇用契約の途中解約が増加したことです。これらにより、「ネットカフェ難民」、「派遣切り」、「年越し派遣村」などの言葉が生まれ、非正規雇用は貧困の根源となる不安定な労働形態で、その代表が派遣労働であるかのような偏った報道が行われるようになりました。その結果、これを改善することが「国民に興味を持たれやすい政治テーマ」として政策の一つになり、規制強化の議論が開始されました。
2012年改正では日雇派遣の原則禁止、グループ企業内派遣の8割規制、離職後1年以内の者を元の事業主に派遣することの禁止が導入されました。また、派遣法の名称を「派遣労働者の保護」とし、派遣社員が派遣会社を選びやすい様にマージン率の情報提供、派遣料金額の明示などの義務が導入されました。さらに、派遣可能期間を超える等の違法派遣に対する制裁として労働契約申込みなし制度が新設されました。
しかし、この制度の施行は2015年まで延期されました。原因は派遣可能期間が適法かどうかの判断が法律だけでは困難だったためです。当時通達された「専門26業務に関する疑義応答集」では、例えば「事務用機器操作業務(専門26業務の一つ)派遣の場合でも、派遣社員がお茶くみをする場合、専門26業務に該当しない」などの解釈が通達されました。派遣先は専門26業務として期間制限なく派遣社員を使用していましたので、お茶くみの廃止や、法律を厳格に解釈して派遣利用を中止し、派遣社員を直接雇用する動きが多くありました。
その後2015年改正では届出制による特定労働者派遣の廃止、派遣元に雇用安定措置とキャリア形成支援の義務付け、事業所単位と新たに個人単位(組織単位)の新たな派遣期間制限を導入し、派遣期間は上限一律3年という見直しが行われました。これにより、「期間」による規制の考え方が、法律制定当初の「常用代替防止」の観点から「派遣社員の無期雇用化による雇用安定」の観点へ変化しました。
そして現在、2020年から派遣は派遣先の通常の労働者との均等均衡を確保する「派遣先均等・均衡方式」を原則とし、例外として同種の業務に従事する一般の労働者の賃金水準(以下「一般賃金」)と同等以上の待遇を確保する「労使協定方式」により派遣労働者の待遇確保が求められています。厚生労働省の「労使協定書の賃金等の記載状況(一部事業所の集計結果(令和5年度))について」によると、約9割の派遣元が「例外」の労使協定方式を選択している状況です。
●派遣会社と社労士とのかかわり
私は約20年間派遣会社で勤務し、様々な労働トラブルを経験しました。その原因は私自身に法令や労務管理の知識が不足していたためです。本来はこれらの知識を持った上で、気持ちの「感情」とお金の「勘定」のバランスをとり解決を図ることが求められます。当時の私が判断に迷う時、最も頼りにしていたのは会社が契約していた社労士でした。今考えると、社労士は事業主と従業員との間で中立的な立場で業務を行うことが多いからこそバランスのよいアドバイスを下さっていたのではないかと考えています。
これらの労働トラブルが生じない様に派遣会社向けに法令や労務管理の研修を実施することの他、私たち社労士が活躍できる場面は多くあります。例えば、派遣や職業紹介の許可申請があります。次に許可を取得した後は、法定書類・労使協定の作成、入退社手続き、従業員・派遣社員の給与計算、就業規則、その他事業報告など派遣会社が本業に注力できるように支援を行うことが可能です。その後も様々な情報提供で支援ができます。先に記載したように派遣会社の多くは「労使協定方式」を採用しています。労使協定方式は一般賃金に影響を受けるため、今後も派遣社員の継続的な昇給が必要になると予想されます。それを実現するためには、派遣先へ継続的に派遣料金改定をいただく必要があります。
一方で法律上派遣先は派遣料金への「配慮」の義務しかありません。そのため、派遣会社は派遣社員のキャリアアップ状況や評価を前提とし、その他一般賃金の通達内容、物価や昇給状況などの周辺情報を勘案した派遣料金設定が必要です。そのため、それらの情報提供に敏感な社労士が活躍できる場面が多くあると考えます。
●最後に
「働く」ということは、人生に影響を与える重要な要素の一つです。そのため、それを扱う派遣会社の役割は重要であると考えます。一方で、派遣労働に否定的な見解を持つ人がいることも理解しています。私は、派遣労働やその他非正規雇用で働くことを美称するつもりはありません。問題は自ら職業選択できる能力を保有し、自らの意思で選択したかどうかだと考えています。派遣という就業形態で働くのであれば、多くの場合は雇用期間に制限があり、雇用が不安定であることは事実です。それを踏まえた上で、「いつまでこの就業形態で働き、何故この雇用形態で働くのか」を自問することが大切だと考えています。様々な職業選択ができる中で、自ら目的や目標のために派遣労働を選択した状態であれば、派遣労働、もしくは正規・非正規と区分することすら意味をなさないと考えます。
派遣会社を通して働くと、キャリアコンサルティングやキャリアアップの機会があり、法律上の要請も相まってそれに気づかせてくれる機会があります。またその要請以上にこれらを実施している派遣会社もあります。このような「働く」ことを真摯に考える派遣会社が業績を拡大し、自ら選択した幸せな職業選択ができる人が増え、その結果派遣会社の地位が向上する。私はそのような会社の起業、制度作り、社員教育などのご支援をしたいと考えています。