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業種特化社労士の視点から(第47回 『介護業界編』)
<山本 武尊 氏>
●1.介護業界と関わるようになったきっかけ
私は祖父母の介護をきっかけに介護・福祉を学びました。元々は人が好きであったため、自分でも誰かの役に立ちたいという気持ちが強かったのかもしれません。しかし卒業後の進路を考えた時に、大学で介護・福祉を学び、やりたかったこと(理想)と、この介護業界の将来性(現実)との間に不安を覚え、結果として大学卒業後は別の業界へ就職をしました。しかしどうしても介護業界への想いを断ち切ることができずに、介護業界へ転身。転職した法人が医療法人であったため、そこで医療総ソーシャルワーカーとして3年、その後法人が行政から受託した地域包括支援センターへ異動となり、そこから介護業界で15年勤務をしました。
●2.介護業界の現状
ご存じの通り、少子化高齢化が進む我が国における労働力人口は減少してまいります。介護業界はまさにその煽りを受けます。高齢人口が増加していき、2040年には団塊ジュニア世代65歳以上となり高齢数がピークを迎えます。一方で、統計上では69万人の介護人材が不足すると言われております。またAI化が加速することで、AIに代替可能な職業はなくなりますが、ヒューマンサービスである介護という職業はなくならず、10人に1人は医療・福祉・介護で働く人たちになるという試算もあります。人手不足であり有資格者であれば即戦力として採用されるため、他産業と比べて離職率も高く、労働移動が多い業界とも言えます。
●3.介護業界の課題
そのような日本の社会課題がある中での介護業業界の3つの課題があると考えております。
①慢性的な人不足
上記でも説明してきた現状がある中、介護業界は常に慢性的な人手不足という課題があります。令和3年度の厚生労働省の統計調査では、介護分野の有効求人倍率は全産業と比較をすると約4倍の開きがあります。その原因は介護という職業が、きつい・汚い・危険という所謂3Kの職種のイメージがあるからなのかもしれません。特に地域のインフラである介護業界は、女性や高年齢の方々が中心の業界でもあるため積極的な人材活用が求められると思います。
②低賃金の処遇
令和2年度の介護従事者処遇等調査結果では常勤(正社員)の介護職の平均月収は21.8万円で賞与を含めた平均年収でも350万円前後で、全産業平均436万円と比較をしても約100万円程度の開きがあります。こちらは国も国策として処遇改善に取り組み改善しつつある傾向ですが、それでも膨大化する社会保障費を中心に給付が予算化される介護報酬の中から事業を行うには、介護職員の低賃金の処遇という課題は避けては通れません。
③不規則な労働環境
夜勤あり(昼夜2交代・3交代制)、24時間365日でサービス提供をする労働環境、人手不足により年次有給休暇や連休を取得しにくく、36協定の限度時間を超える時間外労働やサービス残業が常態化している業界独特の職場風土があります。介護事業所も100名近くの施設から5人以下の小規模介護事業所まで様々ですが、共通しているのは良い意味ではホスピタリティーがある、一方では自己犠牲の精神が強い業界ともいえる業界ともいえるのかもしれません。
④厳しい経営環境
介護のみならず、医療保険もそうですが、今後は生産労働人口の減少とともに少子高齢化が進みます。そうした社会情勢の中で、社会保障費の適正化や抑制傾向は続きます。これまで介護報酬を中心に事業展開をしてきた介護事業経営者にとってはまさに逆風かもしれません。景気が上がり、物価が上がっても、その割合に見合った介護報酬となるかも不明です。これまで以上の経営努力が求められます。他のサービスを組み合わせた事業展開や異業種参入の流れが進みます。国の目指す大規模化とともにM&Aが加速することでしょう。
⑤ICT導入に疎い業界
他の業界と比べてテクノロジーの普及が遅い業界でもあります。他の業界からは驚かれるのですが、未だにコミュニケーション手段として電話やFAXが蔓延しております。理由として考えられることとしては介護業界で働く人たちは専門職が多く、専門スキルを優先的に高める傾向があるからです。その結果として他の業界では通常のスキルとして考えられているPCのスキルなどが低いです。働く人が少なくて高年齢化していること、専門職が中心の業界ならではかもしれません。ただ今後の介護業界では生産性向上のためのICT導入が不可欠となることでしょう。
●4.介護業界に特化した理由
それなりの年数を経験すると介護業界のことが俯瞰できるようになってきました。それは介護保険法を優先にしがちと感じるような独特の文化が存在し、他業界と比べ労働法令への意識が薄い業界であると感じました。本来であれば介護サービスの受け手となるサービス利用者(高齢者)への満足度を高めるための努力をします。事業主も労働者も求められる役割こそ違いますが、力を合わせ同じ方向を向く必要があると思うのです。しかし現実では労使トラブルが絶えずあり、その理由の大半が「人」の問題に悩んでいると感じました。時代と共に法令遵守が求められるのは、彼らが事業を行う介護保険法だけではなく、労働法令も同様であります。地域の介護経営者の話をよく聞くことや、そこで退職をした労働者の話を聞く立場でもあった私なりの解決手段が、社労士の資格でありアプローチでもあったのかもしれません。それが社労士を志した理由でもあるため、戦略的に業界特化したわけではないのが本当の理由であります。
●5.介護業界は社労士を求めている
介護事業者の社労士のイメージは、労働社会保険の手続き代行、給与計算、助成金申請業務です。それだけでも十分な専門性であることを私は理解をしておりますが、介護保険報酬が低く、人件費率が高い介護業界では不十分と言えます。そういう意味では私たち社労士はさらに付加価値を高めていく必要があると感じています。
具体的には「処遇改善加算」「BCP作成」「運営指導対応」「介護事業指定申請」「各種研修」「採用・育成」など、彼らが悩んでいる課題に耳を傾ければ、介入する入口は実に多様であり、私たち社労士が役に立つことが可能となります。
また、よく介護業界は特有であるからと敬遠をされがちですが、私たち社労士は人事労務の専門家であるという基本的スタンスは変えず、扱う分野は業界でも共通しているはずです。
彼らは労基法に無知なだけであり、ブラックになりたくてなっているわけではありません。むしろホワイトになりたくても、それを教えてくれる専門家がいなかったのだと。
それは私が実際に社労士として開業をしてからわかりました。
また実際に介護業界のことも社労士の気持ちも理解できる私は、この両者の親和性を感じております。介護業界の経営者をはじめ労働者も共通点は「人」なのです。介護が必要な「人」に寄り添う介護業界と、人事労務の課題に取り組む「人」の専門家である社労士。どちらも思いやりがあって、気持ちの温かい人が多いと感じています。
●6.今後の活動について
今後の介護業界は世界がまだ経験をしたことがない未曽有の高齢社会を迎えます。慢性的な介護労働供給の安定化のため外国人の積極的な活用など、新たな課題も出てきております。
私はこの業界の「人」の課題解決のために社労士になりましたが、当然個人での活動には限界があります。一方で地域のインフラである介護業界に関与している社労士の先生は多くいらっしゃいます。
私のこれまでの経験が活かすことができて、社会に貢献ができるならと今後は介護業界に興味を持つ社労士を増やし、介護業界との懸け橋にもなりたいと思いました。社労士には「介護事業所の魅力や
社労士の枠を超えた支援ができること」を、「介護業界には社労士の本来の価値」を双方に伝えていきたいと思います。
そしてどんな小さな介護事業者でも、その先には介護事業者のサービスを受ける利用者(高齢者)がいます。だからこそ、どんな介護事業所も私は支援を続けていきたいと思っております。つまり介護業界を支援することは、介護事業所・介護施設の経営者やそこで働く従業員を支えるだけではなく、サービスを受ける高齢者を支えることにもつながると考えております。それは私たち自身が高齢者となった時の社会を映しているのかもしれません。
不本意な労使トラブルからの離職を防ぐと共に、同時に職員の育成・定着まで課題は山積であります。ぜひ社労士の先生方をはじめ他士業の皆さんとも連携をしながら介護業界に貢献をしたいと思います。