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業種特化社労士の視点から(第38回『医療・介護編』)
<寺田 達也 氏>
キャリア形成の理論の一つに、ジョン・D・クランボルツ教授による、計画性偶発性理論というものがある。それによると「個人のキャリアは、予期しない偶然の出来事によってその8割が形成される」とされている。偶発的な出来事を、主体性や努力によって最大限に活用し、キャリア形成に役立てることができるという考えである。そして、私もその「たまたま」を最大限に活かすことで今、こうして社会保険労務士としての業務ができている。
障害者福祉の現場から福祉医療専門の税理士事務所へ
税理士事務所に転職したのは34歳のときだった。当時、障害者福祉の支援員の仕事をしつつ、税理士を目指していた私は、福祉の仕事のあと、夜間の簿記学校に通っていた。とはいえ、全く成績が振るわず、いつまでたっても1科目の合格もできない私は、未経験で何の資格もないまま、とにかく税理士業界に転職することにした。しかし、何しろ税務業務のみならず、事務職そのものが未経験だったので、どの事務所からも見向きもされなかった。そのようななか、医療福祉の顧問先を多く抱える、横浜の税理士事務所の所長が、たまたま福祉の現場経験のある私に興味をもってくれた。面接をし、とんとん拍子でその税理士事務所で働くことになった。
しかし転職から1年もたたないうちに、税理士事務所の所長から「寺田君は税理士に向いていないから、社労士の勉強したほうがいい」と言われたことをきっかけとして、税理士を諦め、社労士の勉強を始めることになった。このとき、全く反発することなく、税理士への未練を一切捨てて、社労士の勉強に転向したのを覚えている。この一言で、その後の人生の舵を大きく切ったことは間違いない。
実際に社労士の勉強をしてみると、「これは面白い!」と感じた。特に労働基準法や労働契約法はとても興味をもって勉強できたので、私に合っていたのだろう。そこから3年で合格することができた。税理士事務所の所長の一言がなければ、社労士を目指すこともなかったと思うと、その所長には、今も足を向けて寝られない。
その税理士事務所では、医療や福祉の顧問先の税務や労務の問題解決について、一通りのことを経験できた。総合事務所だったので、税務業務はもちろんであるが、社会保険の手続き、給与計算に加え、事業所に行ってミーティングに参加するなど、とにかく現場に行くことが多かった。その経験を踏まえて、弊所のサービス提供のスタイルである「三点確保の問題解決」が出来上がった。それは、「①法令・規則」「②感情・納得感」「③キャッシュフロー」の三つを確保した上での問題解決を目指すものである。
医療専門の社労士として
約10年間お世話になった税理士事務所を退職したあと、紆余曲折を経て、独立開業したのは2017年であった。当初から、医療と福祉の専門社労士としてやっていこうと決めていたが、もちろん顧問先はゼロからのスタートであった。
◎クリニックの開業ドクターの視点
経営者の方々は、それぞれいろいろな経験を積んで経営者になっている。学歴や経歴もさまざまである。しかしクリニックを開業しているドクターは、必ず共通点がある。それは医大を卒業して医師免許をもっているということである。当たり前のことではあるものの、このことを踏まえると、ドクターとのコミュニケーションが上手くいくことが多い。つまり基本的に考え方が理論的であるという点である。従って何かを提案するときや、経営判断のための材料を提供する場合には、理論的な視点から話をすると、理解が進むことが多い。一方で、そこで働く従業員たちは、必ずしも理論的に動くわけではない。どちらかというと感情や納得感で動く場合がある。特に労務トラブルなどは、ほとんどがスタッフ同士、あるいはドクターとのミスコミュニケーションが原因である。そこで感情的な納得感を持ってもらうためにドクターとの橋渡しをすると、とても喜ばれ、弊所への信頼につながっているのを感じる。
◎開業支援から労務トラブルまで
ドクターとしての経験が豊富であっても、開業当時は、クリニックの経営者としての経験はゼロである。弊所の強みが最も発揮されるのが、この開業支援ではないかと思っている。多くのケースが、求人媒体に募集を出して、書類選考から採用面接を行う。オープニングスタッフは人気があるので、開業後の募集よりはかなり多くの方が応募してくださる。そのときに書類選考、採用面接の同席とアドバイス、採用者のシフト作成、採用者の顔合わせと雇用契約など、一気通貫で支援する。とくに採用面接の同席と、雇用契約の説明まで行うことで、スタッフとの信頼関係も築けるため、その後の労務トラブル防止にもつながる。
福祉介護専門の社労士として
◎福祉介護業界の現在
クリニックの顧問先は、ご紹介から成約することが多いが、福祉業については、ホームページから問い合わせを経由して成約にいたるケースも多い。というのも、処遇改善加算という独自の制度があるため、それを相談できる社労士を探しているが、なかなか見つからないという現状がある。
もともと2009年に、現場で働く介護職員の賃金改善に充てることを目的に創設された「介護職員処遇改善交付金」から始まり、それを引き継ぐ形で、2012年に「介護職員処遇改善加算」という形に衣替えして現在に至る。さらに年収440万円の介護職員をつくることを目的として「介護職員等特定処遇改善加算」や、2021年には「福祉・介護職員処遇改善臨時特例交付金」、そしてそれらが整理されて2022年には、「介護職員等ベースアップ等支援加算」というものに変わった。
これらの制度の趣旨は、一般的には他業種より賃金が低いとされている福祉介護職員について、一定の要件を満たす場合に、賃金アップに係る人件費を国が負担する制度である。この要件に「職位・職責・職務内容等に応じた任用要件と賃金体系を整備すること」であったり、「経験若しくは資格等に応じて昇給する仕組み又は一定の基準に基づき定期昇給を判定する仕組みを設けること」などがある。さらにはこれらを「就業規則等の明確な書面での整備・全ての介護職員への周知する」必要がある。このあたりを相談できる社労士を探し、弊所のホームページに辿り着いたとよく言われる。
介護や福祉業は、都道府県や市区町村が指定権者となっているが、その監査にあたるものが運営指導というものである。数年に一度は、この監査を受けることとなり、その際に、処遇改善加算等の要件に沿って処遇の改善がなされているかどうかも確認されることになる。これは単に労働法を満たしていればいいというわけにはいかないのである。
私の考える社労士の価値提供
先日こういったケースがあった。顧問先の歯科クリニックで、パートの歯科衛生士がダブルワークをしていた。そこで院長が、「ダブルワークするくらいなら、ここで常勤になってほしい」と本人に伝えたところ、もう一つの勤務先からも常勤になってほしいと言われているとのこと。そこで、私が常勤になったときの給与、残業計算方法、国保から社保に変わるメリット、国民年金と厚生年金の違いなどについて説明を行った。そのときに言われたのが、「もう一つのクリニックのほうが、給与は高いですが、こちらでお世話になりたいと思います。社労士の方がいて、いろいろと相談できるので」と言ってくれた。これは、社労士が顧問先にとって単に法律の専門家としてではなく、院長のパートナーとして価値を発揮できた瞬間であったと嬉しく思った。
弊所のスタイルは、「①法令・規則」「②感情・納得感」「③キャッシュフロー」の三つを確保した上での問題解決である。
香喜心綜合事務所のビジョン(目指すべき姿)人事労務の「お困りごと」を解決する
具体的には3点確保の問題解決を目指します。
①法令・就業規則 (規則)
②従業員と経営者両者の感情・納得感(感情)
③事業の継続性・キャッシュフロー(お金)
特に「②感情・納得感」の解決まで手掛けると、かなり大変であるし、本来の社労士の業務ではないかもしれない。しかし、10年間お世話になった税理士事務所の所長がやっていたのは、まさにここであったと思っている。
法令を調べて案内するだけなら、インターネットで足りる時代だ。それどころか、顧問先の経営者から「他の社労士ブログにこういう記事があったのだけれど」などと言われる時代である。しかし、情報が多すぎる時代であるからこそ、現実的なキャッシュフローのなかで、感情と納得感も含めた問題解決を目指すことが、香喜心綜合事務所の価値であるし、私にとっての使命ではないかと思っている。