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業種特化社労士の視点から(第32回『歯科医院編』)

<加藤 丈統 氏>

・歯科業界とのご縁
私が開業して間もないころ、ある歯科医院様より顧問契約のお話を頂いたことが、社労士として歯科業界に携わる最初の出会いとなりました。
開業されたばかりの歯科医院の院長先生。場所を構え設備も整えたけれど、人を雇うとなると何の届出が必要か、給与計算や税金の計算はよく分からないと、その道のプロフェッショナルである先生も、この手の運営手法についてはご経験がなく、最も“効率的”で“効果的”な方法を求めて当社にお声掛けくださった様子でした。
 この出会いをきっかけに、歯科業界とご縁をいただいたことで街の歯医者さんの現状を知り、社労士として解決すべき課題が山積していることに気が付きました。

・歯科業界のいま
「歯医者はコンビニの数より多い」耳慣れたフレーズかもしれませんが、具体的な数値をご存じでしょうか。
厚生労働省「令和元年 医療施設実態調査」によると歯科診療所数はおよそ68,000件。コンビニの数はおよそ56,000件(2020年コンビニエンスストア統計データより)。約12,000件歯科診療所の方が多いことになります。<br
また、歯科医院の数は、もちろん全国均等に分布しているわけではなく、圧倒的に都市部において供給過多の状態です。
数メートルの間に2件、3件歯科医院があるような光景は珍しくないと思います。
各々の歯科医院が他と差別化を図るため、自費診療(美容歯科、審美歯科等)への拡大や、治療から予防へシフトした歯科ケア、そして、より地域に根差した医院の確立へと専門性や特徴のある医院への戦略に奮起されています。
その一方で、歯科医院で働く歯科衛生士の採用は非常に厳しい状況にあります。令和2年の歯科衛生士の有効求人倍率は20.7倍。どの歯科医院も衛生士や助手の採用に苦労されているのが現状です。一言でいうと取り合い状態。経営資源である「ヒト」へのテコ入れも経営の戦略の一つとして重要なのは、言わずもがなの市場です。

・歯科医院の職場の特徴
歯科医院の現場はどんな特徴があるのか。私は次の3点を挙げます。

①院長がプレイングマネージャーであり多忙であること
歯科医院の場合、人事や総務等のバックオフィス部門がその機能ごとに部署として組織化されていることはごく稀です。院長の多くが、日中は患者を治療し、診療後や休日等に経営と人事・総務周りの業務を行われています。
そうすると、集患・増患等収益アップや安定した経営を実現するために割く時間が優先となり、人事・労務管理面は後回しになってしまう。社内のルールが未整備のままの状況が続いてしまいます。

②女性が多い職場であること
2018年の厚生労働省の調査によると、歯科医の男女比はおよそ8:2、歯科衛生士になると男女の構成割合は変わり、その99%を女性が占めているそうです(平成28年度 衛生行政報告書より)。院長は男性で、その他の従業員は全員女性、という歯科医院は非常に多い。女性が多い職場の場合、結婚・出産・その後の復職や家庭との両立など様々なライフイベントに応じて、従業員の働き方に対する要望の申し入れや入退社等の入れ替わりが発生します。更に、先に触れた通り歯科衛生士の採用は容易ではない現状。
ターゲットを明確にした採用活動と、採用した優秀な従業員を定着させ安定的に雇用継続させることが経営のかなめとなります。

③専門家集団であり、1人〇役をこなす職場である
歯科医院で働く、歯科医師(Dr)、歯科衛生士(DH)、歯科技工士(DT)、歯科助手(DA)のうち、国家資格が不要なのは歯科助手のみ。まさに歯科の専門家集団です。そこで働く人々は日々の患者の治療だけでなく、院内外の研修において技術や知識の習得・研鑚をされています。
休診日が研修日になることや、診療以外の管理業務を行うことで1日の労働時間が長くなる、ということが日常的に発生します。さらには、衛生士でありながら受付業務を兼務するような、1人で複数の役割を担うことも多々あります。役割の中で必要となる自己研鑽や患者と対峙するホスピタリティのマインド。院長先生同様に多忙な従業員のモチベーションを高める仕組みも必要です。
優秀な院長のもと安定的な収益を得るための経営戦略があっても、現場はその体制に追いつけない労働条件になりやすい要素があるということがわかります。

・歯科医院の課題と対策
顧問契約がスタートする主なタイミングは3つです。
①労務トラブルが起きた時
②事業拡大、分院設立、法人成りを行う時
③ これまで水面下にあった問題がいよいよ浮上してきた時。
本格的な組織化に伴い、人事労務の整備を行う必要が出てきたときに、次のような課題が浮き彫りになるケースが多いと言えます。<br
 上記に対し、医院の実態に合わせて、一つ一つ整えていくことにより、次の効果が現れます。<br

 歯科医院の経営方針に基づき、ルールを整備・体系化することにより、従業員は院長の考えを理解するとともに、制度を活用しやすくなります。
 また、目安となる基準があることで、働き方やキャリア形成について見通しが立つようになる。一つ一つの制度や取り組みの活用実績が積み上がれば、それは医院の魅力として採用活動に活きてきます。
 風通しのよい職場、長く働き続けられる医院として、安定的な雇用とトラブルの未然予防が可能となります。
 そしてこれらを取り組むうえで、私は次の3つの要素をご提案することも重要視しています。<br
「管理する手段」「医院の現状を知る方法」として、クラウドツールの利用やオンラインでのコミュニケーションはとても有効であり、日々忙しくされている院長先生の手離れもよく、効率的な管理方法の1つです。例えば、ZOOMやTeams等のウェブ会議ツールを利用することで、昼休憩の1時間で打合せを行うことも可能になります。治療が長引くこともありますが、ウェブ会議であれば調整できます。
そして、様々な制度導入や、採用、雇用の安定化には効果的に助成金を活用し、経営者良し、従業員良し、結果的に患者様良しとなることを願ってご提案しています。

・これからの歯科業界と社労士
当社は「お客様が本業に専念できる最適な環境を提供する」ことをミッションに取り組んで今日に至ります。これからの社労士は、いかに先回りして未来を予見しながらお客様に伴走できるかだと考えます。労務手続きや給与計算、助成金等の手続き業務にとどまらず、採用支援や定着支援、各種人事制度設計等、人事・労務をワンストップで担える存在になることが必要です。
新型コロナウィルスの感染拡大によりテレワークの普及は10年先の未来まで進んだとも言われました。これからの歯科の未来は、何が起こるのでしょうか。日本における歯科医院数が増加を続けることで飽和状態、過当競争となっている。今後、一気に押し寄せてくる少子高齢化の流れに鑑みると、日本という枠を超えてアジア・世界への進出があり得るかもしれない。抜本的な医院の統廃合化が起こるのかもしれない。歯科医院の今後の方向性として、保険診療には依存しない自費診療をメインとする歯科医院が増加していくことは間違いありません。
コロナをきっかけに、日常が非日常になることを思い知り、テレワーク等の多様な働き方を設計し、一方で雇用の維持、待遇向上のための助成金を有効利用する等、社労士としてこれまで以上にお客様から必要とされる機会が増えました。お客様の足元で何が起きているのかアンテナを張りながら、日々に寄り添い、未来を見据えた、経営資源の中で最も重要な「ヒト」の専門家として、信頼されるアウトソーサーを目指してこれからも邁進していきます。

社労士事務所 サンクチュアリパートナーズ
特定社会保険労務士 加藤 丈統 氏

大学卒業後、大手人材コンサルティングサービス会社に入社。人事労務面において相談を受ける事も多く、在籍中に社会保険労務士の資格を取得。その後、人事面だけではなく、全社横断的な視点で会社経営をサポートしたいと思い、大手経営コンサルティングファームに転職。在籍中に財務・マーケティング、中期事業計画等の業務に従事し、中小企業診断士の資格を取得。社労士と中小企業診断士の両輪の視点から、経営者の目線で課題を解決する提案型社労士として独立。人事総務のアウトソーシング業務を軸に人事制度の構築、労務デューデリジェンス、M&Aに伴う人事制度の統合(PMI)など経営に携わる一連の業務に従事。労務管理体制や助成金ついてセミナーや執筆を行っている。

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