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業種特化社労士の視点から(第21回 『不動産業編』)
<山田 雅人 氏>
(1)不動産業界の労務管理
不動産業者は平成31年時点で全国12万社以上あり、コンビニより多いと言われる歯科医院6万の倍、50万人を超える従業員の方たちが不動産業界で働いています。不動産業の大手といえば住友不動産や三井不動産を思いつきますが、賃貸仲介の分野で上場する会社や全国展開するような大手は存在せず、アパマンショップなどの看板を借りるフランチャイズや古くからある地元の小規模事業者が大半です。 一般的なイメージで不動産業界と聞けば、駅前の一等地に店舗を構え、スリムなスーツで接客にあたる若者をイメージします。さて、労働の実態と言えば、駅前の店舗では定休日の水曜日を除き、土日も夜遅くまでパソコンの画面を見つめたり、遅い時間でも会議のようなものを行っています。そして、朝は開店の9時前から店前を掃除したり、幟を立てたりと開店の準備を行っています。事務員は店舗に一名、複数の営業担当が接客業務にあたるのが一般的ですが、物件の現地調査などの情報収集や間取り図面の作成、契約書類の作成など、接客業務に関連する業務のほとんどが「営業マン」の仕事です。 不動産業界は実力主義社会で売上追求とノルマの意識が高く、労務管理など二の次、売上を上げることが唯一正しいことである風習がいまだに続く珍しい業界です。要件を満たさない事業場外みなし労働時間、変形労働時間制、固定残業代が導入されており、また仲介業では認められないにもかかわらず、不動産管理業を兼業していることを都合よく解釈して1週44時間の特例措置対象事業場と扱っている会社も多くあります。最大手の野村不動産でも、組織ぐるみで違法な裁量労働制を適用し、残業代を支払っていなかったとして労働局の特別指導、是正勧告を受けたことは記憶に新しい事件です。不動産業界では労務管理の基本中の基本である「労働時間管理」すらまともに行われていない会社が普通です。私もそんな不動産業界で20代のほとんどの時間を過ごしました。
(2)売上至上主義の弊害
不動産業界は先述した通り、多くの若者たちに支えられている業界です。他の業種であれば一定期間の研修や下積みを経てお客様を接客しますが、不動産業界は入社直後からお客様の対応にあたる珍しい業界で、知識の浅い20代~30代の若者でも体力さえあれば何とか売上ノルマをこなすことができます。一方で、国民生活センターに寄せられる相談のうち、賃貸アパート・マンションに関する相談件数は堂々のベスト10上位入り、いまやサラ金を上回る相談件数が報告されています。トラブルの経験から学び回避する術を身に着けることは進歩発展の基本ですが、不動産業界では経験を組織で共有して未来へ活かす基本的なマネジメントが置き去りにされています。 このトラブルの絶えない根本的な問題は不適切な労務管理にあると思っています。売上を追求する会社において、売上の上がらない営業担当は権限など与えられるはずも無く、また上がらない売上を自責するのは自然なことです。「営業は売上を上げるのが仕事」、「売上の上がらない営業は給料が低くて当たり前」、「売上の上がらない営業は給料泥棒」と毎日言われれば、会社の労務管理の問題点を指摘するような気力は失われます。勇気を出して労務管理を指摘すれば、「売上を上げてから言え」と言われ、売上を上げれば上げるほど、いつまでも第一線で売上貢献にまい進しなければなりません。つまり、売上至上主義に労務管理の入る余地は無いのです。そうして、会社から優秀な人材が流出し他業種へ転職していくことは、景気を下支えしている不動産業界の大きな損失です。
(3)顧客を救うために社労士に
私自身、仕事にやりがいを感じていたため10年近くも続けられたものの、やはり体力的にも精神的にも限界を感じたため、法人に対する不動産コンサルティング会社へ転職し、福利厚生の一つである社宅関連業務部門で7年ほど責任者を務めました。社宅制度を全国に展開する企業は、ほとんどが大企業で、コンプライアンス意識が高く、私が経験してきた不動産取引の『実務』だけではどうにもならい事を多く経験しました。 社宅制度は規則であり、税法や社会保険法の他、労働関連法律等幅広い知識が必要となります。規則の問題点を改善するためには、労使調整など様々な社内の手続きが必要なことはご存じの通りかと思います。同時に、企業が社宅を契約したり、不動産を売買する際には、その地域の不動産業者の協力を仰がなければならないため、知識の深い優秀な人材に協力していただきながら仕事を続けていました。しかし、優秀な人材ほど転職したり、別業界に転職する姿はおこがましくも自分と重なる部分があり「惜しい人材」が業界から失われていくことに歯がゆさを感じていました。 そんななか、私が担当していた企業が税務署から制度の問題点を指摘され、数千万円の膨大な額の追徴をうけました。制度の適正化を急ぐなか、生半可な知識では意見を述べることができず、無力を痛感したことから猛勉強することになり、その一環で社労士資格を知ったことがきっかけです。
(4)不動産業界の現在と社労士の関わり
不動産業界で働く若者たちは素直で熱心、会社に言われたことを正しいと信じています。どの業界でもいえることですが、コンプライアンスに疑いのある企業は「誠実で優秀な人材ほど」離職していきます。競争過多な業界は目先の利益に精一杯で、労働環境の改善や人材の育成に、ほとんど時間を割くことはありません。しかしようやく、人材不足や働き方改革関連法の施行によって「このままでは将来が無い」危機感に気が付いた経営者が中小企業にも少しずつ増えてきました。 先にも申し上げたように、不動産業界は営業マンが一人で全てをこなす構造で、「普通の業種」では生産性向上のため当たり前におこなわれているような、分業制や業務のアウトソーシング(BPO)、時短労働者の活用などに遅れている業界を、適法な「普通の業種」並みにするために支援することは社労士にしかできない重要な職務だと考えます。
(5)不動産業の活性化と当事務所の将来設計
当社は現在、企業の社宅制度を中心とした福利厚生制度の設計や見直しを行う傍ら、私自身が営業マンだった時代に最も負担とストレスを感じていた『転勤者の社宅契約』について、不動産業者から委託を受けて事務作業の代行も行っています。 緩やかな景気の回復と税・社会保険法上のメリットの認知が進んだことから、借上げ社宅制度を導入する企業は中小企業から小規模事業者にまで広がっています。全国に転勤のある企業では、円滑な社宅制度運用とレベルの高い不動産業者との取引が欠かせません。 そして、法人客であれば女性営業でも安心して対応することができることから、今や当社の取引先不動産業者では女性が法人客の半数を扱っています。若い女性社員が身元の知れない飛び込み来店客と密室に赴くことになる内見案内等は危険がありますが、勤務先や身元のはっきりした転勤社員であれば危険は各段に低くなります。法人専門部門に女性社員を配置し、分業制やアウトソーシングなど業務負担を軽減する施策を導入すれば、不動産業界でも女性社員が育つことを実感しています。長時間労働とハラスメントさえなければ面白く奥が深い不動産業界に、高い感性の女性社員が増え、業界自体が活気づけば私自身もお仕事の機会が増えることにつながると信じています。 慣習はなかなか変化しづらいですが、『従業員を大切にする企業』の役に立てるよう研鑽し活動していきたいと思っています。社労士の1号2号業務はAIとテクノロジーで置き換えられると言われて久しいですが、私自身は業種特化・業界特化といった分野を磨くことが士業に限らずビジネスで大切なことだと思っており、専門外やできない業務は素直に専門の事務所等を頼るようにしています。新規開拓で悩んでいる事務所は同業者との交流も役に立つので、専門に特化している他事務所へ営業するのも効果的ではないかと思います。