トップページ ≫ サービス一覧 ≫ NETWORK INFORMATION CHUKIDAN ≫ 業種特化社労士の視点から
NETWORK INFORMATION CHUKIDAN
業種特化社労士の視点から(第19 回 『旅行業編』)
<戸國 大介 氏>
⑴観光業と旅行業の現在
①観光業の市場規模と拡大傾向
2016年の国内における観光消費額(観光のための宿泊、交通、買物、飲食等の消費額)は26.4兆円、就業者数243万人、観光消費がもたらす生産波及効果は53.8兆円、これにより459万人の雇用効果があるとされており、観光業は巨大な産業です。また、2003年には500万人程度だった訪日外国人旅行者が、2 0 1 8 年には3,000万人を超え、さらに2019年のラグビーワールドカップ日本大会に続き2020年の東京オリンピックの開催を控え旅行消費拡大の好機が来ると予測されています。
②転換期にある旅行業
観光業の主要産業である旅行業は2018年現在で、約11,107社が登録しています。そして主要旅行業者49社の2018年度総取扱額は約5兆2246億円を誇りますが、ゆるやかに減少しています。その要因としてパッケージツアー離れや、ホテル・航空券予約サイトなどを運営するO T A(Online Travel Agency:国内では楽天、じゃらん等、海外ではエクスペディア等)に予約が流れていることが考えられます。伝統的な旅行会社はOTAへの対抗として、紙の旅行パンフレット商品のみを売る旅行業モデルからソリューションモデルへとビジネスモデルの転換を目指しており、変革の時を迎えています。
⑵旅行業の労務管理上の課題と動向
①厳しい労働環境
そうした変革期にある旅行業の労働環境に目を転じると、厳しい状況が見えてきます。2017年、大手旅行会社が36協定の上限を超える時間外労働をさせていたとして、東京労働局の過重労働撲滅特別対策班に書類送検されたニュースがありました。また年休の取得率を見ると、旅行業の「生活関連サービス業・娯楽業」は36.5%(厚生労働省:平成30年就労条件総合調査)と、業種別のワースト3位です。ちなみにワースト1位は宿泊業・飲食業32.5%です。 業界特性として、旅行が好きで人を喜ばせることが好きなホスピタリティの高い人材が集まっているように感じています。しかし、新卒採用市場を見渡すと最近の大学生はワーク・ライフ・バランスを重視する傾向があり、旅行業界は「やりがいはありそうだけどブラック企業ではないか」と警戒されているように感じています。
②旅行業における変化の兆し
そして、旅行業界にも働き方改革の波は届いてきています。業界の経営者との話の中で、人手不足や働き方改革関連法施行を機会に、長時間労働の是正や年休の取得促進、女性や高齢者を含む多様な人材を活用する流れが生まれていると感じます。また、日本旅行業協会(JATA)が「働き方・休み方改革、ダイバーシティ推進」に関する表彰を実施して、会員旅行会社の優れた取り組み事例を広く周知しています。大賞を受賞した会社は「ワーケーション」(休暇中に旅先などで仕事をする新しい働き方)に取り組んでおり、旅行会社らしい時間と場所にとらわれない働き方改革の新しい取り組みだと思います。小職の関与先も受賞して、旅行業に関与している社労士の一人としてほっとしています。
⑶私が旅行業に関わるきっかけ
①旅行会社の人事部への異動
私が旅行業の労務管理に初めて関わったのは約17年前、主要旅行会社において営業部門から人事部に異動してからでした。異動後は労働時間や人事制度を主に担当し、労働時間については全国の労働基準監督署の監督指導に対応する機会も少なくありませんでした。バブル崩壊後に成果型賃金に移行する企業が増えてからは、職能資格制度から役割成果給への移行や契約社員のキャリアアップ制度等も担当しました。労働時間や賃金制度への対応の基礎は、この会社で学ばせてもらったと言っても過言ではありません。 また、会社の顧問社労士の先生が素晴らしい方で、困った時に親身に対応いただいた経験から、いつかその先生のような懐の深い社労士になりたいと思っていました。
②社労士開業後の関わり
社労士として開業後の最初の関与先が幸運にも旅行会社でした。きっかけはまったくの偶然でした。開業の準備中に旅行会社在職時にお世話になった方とジョギング中に偶然再会したのです。後日その方の勤務先である旅行会社に挨拶に行ったところ、初めての関与先になっていただけました。開業した暁にはお世話になった観光業界に恩返しをしたいと思っていただけに、本当に幸運なスタートが切れたと思っています。その後は紆余曲折ありながらも、他の旅行会社、旅行業界団体や旅行業の関連企業に関与先が広がりました。
⑷旅行業での社労士関与の可能性
①旅行業界の難しさ
前述した通り旅行業界の労働環境には厳しさがあります。私がツアー添乗を行っていた当時は繁忙期に時間外労働が月100時間を軽く超える場合がありました。現在は改善傾向にあるものの、長時間労働は旅行業界全体の課題であり、繁忙期の時間外労働上限規制への対応に苦慮している会社は珍しくありません。 また、旅行業特有の労働時間の課題として、事業場外労働のみなし労働時間制の適用をめぐる問題があります。最高裁判決(阪急トラベルサポート残業代等請求事件、最高裁第二小法廷平成26.1.24))以後、添乗員を派遣する会社では実労働時間制を適用しています。しかし添乗業務の実際を考えると、早朝出発・深夜到着、夕食のアテンド、夜のオプショナルツアーなどで、例えば8日間のヨーロッパツアー1回で40時間程度の時間外・休日労働になってしまい、そのままでは同程度の添乗業務を月に2回は組めません。添乗員は収入が減少し、派遣会社は厳密に時間管理を行う必要に迫られています。 一方、旅行会社の社員が添乗する場合は、労働基準監督署から指導を受けることもありながら多くの旅行会社が事業場外労働のみなし労働時間制を適用し続けています。実労働時間制はコストや時間外労働上限規制への影響が大きく、対応の必要性は理解していても導入には至らず対応を検討している段階です。
②社労士としての関与の実際
旅行会社の労働時間管理は、添乗員の労働時間上限規制対応等、社労士として関与する余地の大きい領域です。変形労働時間制の活用や添乗専門職を希望する高齢者の活用等を進めています。また、課題である年休取得率は、土日に添乗して振替休日を消化せずに溜めて年休の取得が進まない状況にあり、小職の関与先には、年休取得を進める業界として、お客様にも紹介できるような独自の取得促進策を作ることを勧めています。さらに、非正規労働者の多い業界であるため同一労働同一賃金への対応も求められており、関与先とは、厚生労働省の「不合理な待遇格差解消のための点検・検討マニュアル」を活用して現状分析や対応の方向性を協議しています。加えて、宴会や宿泊を伴いお酒を飲む機会の多い業種のためか、酒席にまつわるセクハラ、パワハラの問題もいまだに起こりやすい業界であるように感じています。 上記のほか、旅行業界団体等の働き方改革セミナーへの登壇、ツーリズムビジネス専門誌への連載等の機会をいただいています。旅行会社だけでなく、旅行会社の提携ホテル・旅館団体でも働き方改革のセミナーを実施することもあり、まさに本原稿を執筆中にも並行してセミナー資料を作成しています。
⑸まとめ
観光庁は、観光の力で地域の雇用を生み出し、人を育て、国際競争力のある生産性の高い観光産業へと変革していこうとしています。旅行業をはじめとした観光産業において我々社労士への働き方改革法への対応や生産性向上の支援への期待は、ますます高まっていると感じています。