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業種特化社労士の視点から(第16回『調剤薬局業界編』)
<栗原 深雪 氏>
1.調剤薬局業界の現状
現在、全国の調剤薬局数は約59,000店まで増え(コンビニエンスストアは全国で約58,000店)、小規模店舗が乱立している状態です。政府の医療費削減の方針は、今後も続くと見られ、薬価引き下げや調剤報酬の下落により、調剤薬局の利益はますます縮小することが予想されます。 調剤薬局では、原則として、1日平均の取扱処方箋数40枚ごとに国家資格を持った専門家である「薬剤師」1人を配置する必要があります。さらに月に1度、患者ごとに医療費の明細書である診療報酬請求書(レセプト)を作成し、保険者に請求するという専門知識を必要とする事務員も必要です。そのような背景もあり、調剤薬局は常態的に人材不足の業界と言われています。 薬剤師の労働時間は、薬局の種類や立地条件により大きく異なります。診療時間が長い、患者数が多く人気が高い病院・医院の門前薬局では、病院・医院の診療時間に合わせて営業時間が長くなりますし、幹線道路沿いやショッピングモールに入っているドラッグストアを併設する調剤薬局では、早朝、深夜営業や24時間営業に対応するため、不規則なシフト勤務や残業時間が長いことによる転職も多くみられます。また、業界全体で薬剤師が不足していることに加え、薬剤師の年収は一般的な職業に比べて高額であるため、配置基準の最小人数の薬剤師で営業を行っている薬局が多いことも、慢性的な長時間労働の原因となっています。 さて、薬剤師の仕事は、医療機関から発行された処方箋に不備がないか、患者への重複投薬や複数の薬剤を投与する場合の相互作用の恐れがないかの確認から始まります。何も問題がなければ調剤業務をスタートしますが、処方箋の内容に不備や疑わしい点があれば、処方箋を書いた医師に疑義照会(内容について発行した医師に問い合わせること)をしなければなりません。そして、患者に薬を手渡すだけではなく、飲み方の注意や他の薬との飲み合わせ等の服薬指導をします。投薬後は患者ごとに個人情報や調剤、服薬指導の内容を記録する薬歴管理が必要となりますが、患者数が多く、調剤・服薬指導に時間がかかる場合には、この薬歴管理は営業時間終了後に行うことになるため、この点も残業時間の延長につながっています。 他にも、在庫不足を理由に患者から求められる調剤を拒否することができず、ある一定の在庫量を確保する必要がある一方で、薬の過剰在庫は利益率を圧迫させますので、月末に行う棚卸業務は、とても慎重に行う必要があり、時間がかかる等の特徴もあります。調剤事務員と協力して行っても、調剤薬局を閉局後、翌日の開局時間までに在庫確認を終わらせる必要があるため、残業が深夜に及ぶことも珍しくありません。最近では、薬局の開局時間外でも、薬の副作用や飲み間違い、服用のタイミング等に関して、随時電話相談にのったり、緊急対応で調剤したり、地域包括ケアの一環として、在宅対応にも積極的に関与できる等の体制を整えるサービスを行っているところもあります。これらの追加のサービスを配置基準ぎりぎりの少人数の薬剤師で行っているため、ますます労働時間の延長につながってきます。一方で、人の命にかかわる薬を取り扱う重大な責任と、それを果たすための多種多様な情報や知識、技能を必要とするため、定期的な研修の受講も必要です。これらの研修は、人材定着や応募者数を増やすため、多くの調剤薬局で研修の受講は勤務時間として扱って いますが、休日や夜間に受講させざるを得ないのも現実です。
2.求められる業務内容と業務の進め方のポイント
国家資格を持った専門職である薬剤師は、ハローワークや求人サイトからの応募はめったになく、多額の紹介料を支払って人材紹介会社から紹介してもらうことがほとんどです。優秀な若手人材が応募したくなるような、在職中の従業員がいつまでもこの調剤薬局で仕事をしたいと思えるような魅力ある職場環境をつくるためのアドバイスができることが重要です。 土日や祝日の昼間の時間帯だけでなく、早朝や深夜も営業しているため、1ヵ月変形労働制を採用している調剤薬局が多いのですが、知識不足により適正なシフト管理ができていないこともあります。業務の繁閑によって、シフトや休憩時間をうまく調整することは、長時間労働を減らす有効な手段 であることを提案することも大切です。また、調剤薬局の店長としての業務を行う管理薬剤師は、労働基準法第41条の労働時間等に関する規定の適用除外となる監督もしくは管理の地位にある者として、残業代が支払われていないケースが多いのですが、実際は職務内容や責任、権限の範囲が管理監督者としての判断基準を満たしていない場合もあるため、注意が必要です。 また、病院や医院の休憩時間中に他の医療機関の処方箋を持参した患者さんへの対応や、在宅訪問サービスの薬の配達、薬歴の記載等で法律上必要な休憩時間を取れないという不満も聞かれます。休憩時間をきちんと取得できるかできないかは調剤薬局内の雰囲気や管理薬剤師個人の勤務スタンスに左右されることも多く、同じ会社内であっても店舗によっては取得状況にムラがある場合があります。調剤薬局は、労働基準法施行規則第31条の休憩の一斉付与の適用除外業種である「商業の事業」に該当するため、休憩を一斉に付与させる必要はありません。会社側から分割取得してもかまわないので、休憩時間はきちんと休憩を取得するように指導していても、休憩が取得できないという従業員が必ず出てきます。優秀な従業員が流出するのを防ぐため、従業員の言いなりになって、休憩時間分を残業代として支給したいという事業主からの依頼もよくあります。しかし、私たち社会保険労務士は、調剤過誤(調剤ミス・調剤事故等)を起こさないためにも、従業員本人の身体のためにも、休憩時間を取得することの大切さを根気よく伝え、適切な労務管理の方法を伝えていくしかありません。さらに、事業主が法律をよく知らないままに自己判断で就業規則を作成したり、会社独自の方法で算出した残業代を支給する等の給与計算をしたりしていることも多いため、法律に合った就業規則への改定や給与計算の受託の提案が必要になることもあるでしょう。 また、調剤薬局は女性が多い職場でもあるので、妊娠、出産、育児休業や介護休業に関する手続きが多いのも特徴で、多種多様な制度を紹介する機会も多くあります。そして、前職の給与額や人材紹介会社への報酬額だけを基礎として決定されていた賃金制度から、それぞれのキャリアに応じた賃金制度設計や、夜間電話対応手当や休日急患対応手当等の新設手当等の導入を提案できるケースもあります。他にも、調剤から一包化まで行う全自動分包機を使用する等のシステム化・AI化や従業員ごとの業務内容の分析を行うことにより、労働時間短縮につながる効率的な業務改善の提案を行うことができれば、社会保険労務士が関わることの魅力を感じてもらえるのではないでしょうか。加えて、パワハラによる退職や従業員がうつ病等の精神疾患に罹患したという相談が多いのもこの業種の特徴ですので、パワハラ対策やメンタルヘルス対策についての企業内研修も需要が高くなっています。
3.調剤薬局業界へのアプローチを考える先生方へのアドバイス 調剤薬局では、地域住民に対して日常の健康相談に応じる役割を担う一方、がん患者等の有病者で治療と仕事を両立させたいと考えている患者さんからの相談を受けることも増えています。最近では、両立支援の専門家として社会保険労務士へのイメージが定着してきたこともありますので、アプローチについての敷居は高くないと思います。 しかし、社会保険労務士に相談するにはどこに行けばいいのか、社会保険労務士はどんな相談を受けてくれるのかについては、調剤薬局側からはあまりよく知られていません。病気の治療と仕事の両立支援についての知識を深めて、調剤薬局を始めとする医療機関や地域のコーディネーターと連携し、患者さんの想いに寄り添うことのできる社会保険労務士の存在価値をアピールしてはいかがでしょうか。調剤薬局の経営者は病院や医院のドクターの知り合いも多いので、病院や医院の顧問先を獲得するチャンスにもつながるかもしれません。
※本内容は、2019年4月発刊時点の情報となります。