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ダイバーシティの現場から…(第11回『女性活躍編』3)

<菊地 加奈子 氏>

「女性」が「女性」を雇用して見えたもの

2018年4月末時点の企業における女性社長比率は7.8%と30年前(1988年)からの推移をみても緩やかではあるが上昇傾向が続いている(帝国データバンク調べ)。 詳細を見てみると、女性社長の就任経緯は男性社長に比べ、「内部昇格」や「出向」の割合は低く、一つの企業に身を捧げて社長に上りつめるというよりは女性が新しいキャリアの道を切り拓いていることを表していることがうかがえる。 また、年商規模別では、年商「5000万円未満」の小規模企業で10.8%と最高であり、年商規模が大きくなるにつれて女性社長比率は低下しているという特徴も見られた。これについても女性が男性との企業経営について、能力差というよりも、会社経営というものに対する異なるビジョンを持っていることが考えられる。 このような背景とも照らしながら、今回は自身の経験を通して女性経営者という立場から見た女性活躍の新しい形について論じる。

1.経営者となったきっかけは「出産」

私が経営者という立場を選択した理由は、主婦という立場を経て働くことを選択したこと、そこに出産が重なったことが一番大きい。 長らく自分のライフスタイルのペースが定着し、さらに子どもが増えたことによる変化に自分自身が耐えられるかの大きな不安がある中で、始業終業の定刻を守り、毎日出勤する日々を想像すると、働くことへのハードルが一気に高まった。もちろん、毎日決められたペースで決められた仕事をすることに安心感を持つ人もいるので業務内容や雇用形態によってもこの感覚は異なるであろう。 そしてもうひとつ、自分自身のキャリアビジョンを考えたとき、企業にある一般的なキャリアパス――時間経過と自己成長の両軸を伸長させ、周囲と序列をつけながら一定のペースでキャリアを押し上げていく――という方法にやや難しさを感じた、という理由も挙げられる。自分が持つ専門性を長期的に高めていくためには、ときに「立ち止まって休む」「異分野との関わりを持つ」「さらに学びの時間を設ける」といったさまざまな要素が必要だと考えられたからだ。新卒入社で豊かな教育の機会をふんだんに与えられる環境とは異なっているだろうし、何より子育て期の時間的余裕のないときには、決められた時間で業務に集中しなければ企業に対して自身の価値を提供することは難しいことを考えると、企業に用意されたキャリアパスとは別に、自身のキャリアにさまざまな肉付けをし、体力をつけていくという成長曲線=「キャリアカーブ」は自分自身で描いていきたいという希望が生まれた。

2.女性経営者が生み出した「多様な働き方」

家庭生活との両立の苦労を抱えながら自身が高い志をもって起業した女性が従業員を雇用するときに、これまでにない新しい働き方を生み出すケースが出てきている。 「大企業でキャリアを積んだが出産を理由に戦線離脱せざるを得なかった」「経営者として必死にもがくも男性の機動力には敵わなかった」・・・など、そんな悔しさや怒りの感情も原動力となり、自社組織に生かされているのかもしれない。 女性の発想から生まれた組織の中には、オフィスを一切持たない「全国オールリモート勤務」や1日3時間からの勤務がOKの「プチ勤務制度」、「復業推奨」、「子連れ勤務」といったさまざまなニーズに合わせた特徴的なものも数多く見受けられる。「特徴的な働き方が企業アピールになる」という新しい常識は、まさに女性経営者たちが生み出したようにも思える。全国100名もの従業員がすべてオールリモートで勤務している会社では、役員3名のうち2名の子どもが重度の障がいを抱えながら仕事をしている。「パートナーの都合により海外移住が決まった」「子どもが育つ環境を考えて地方での暮らしを選択した」・・・など、さまざまな事情を抱える。そんな従業員に共通しているのは、とても優秀で、かつ自分主導で業務や働き方、自らの役割を提案できる強みを持っているということだ。自ら先頭に立って経営したり、いわゆるバリバリと仕事中心の生活の中、がむしゃらに働いて組織の上位を目指す、ということには興味がなく、組織に振り回されない生き方を好む。そんな女性たちは柔軟な女性経営者と互いのニーズがマッチすることになる。 このように、多様な女性のニーズが自然と新しい組織体を生み出しているのだ。

3.女性が女性を雇用して見えてきた多様性の落とし穴

女性経営者が生み出す新しい組織はこれからの働き方改革、日本における女性活躍推進の新しい考え方として大いに影響を与えていくだろう。 しかし懸念点もある。実際に私は今、全ての法人で60名の女性を雇用しているが、一人ひとりの考え方を受け止めながらマネジメントしていると、自分の価値観との大きな乖離に日々言いようのないストレスを抱える。 前述の女性たちのように極めて能力が高い人が全てではないという事実、そして採用時に申し分のない経歴と学力を持っていたとしても、働き始めてモチベーションが変化することもある。「子どもの成長」「パートナーの仕事の状況」「人間関係」「仕事の内容」・・・など、「自分軸」で働きたいと主張する女性たちの視野やキャパシティはそれほど広くないというのが実感として学んだことだ。ちょっとしたことで大きく揺れ動く感情に経営者側が揺さぶられる。社労士として多くの企業を見ていることもあり、男性中心の骨太な企業はそういった部分が少なく、その安定感にカルチャーショックを受ける。個人の選択に委ねた柔軟な働き方というのは企業がイニシアティブを取ったり、理念を共有して同じ方向を向いて同じペースで走ることが難しいのだ。また、特別対応が増えすぎるとマネジメントする側も混乱し、労務トラブルを引き起こすことにもつながってしまう。 さらに、はじめは初めて従業員を雇用する喜びや自分自身の経験から手厚い配慮をしていても、経営者の自分が常に動かねばならないという現実が続くと、さすがに信頼関係にも影響してくるものだ。「自分軸」で働くことを思い描いて起業した自分自身が犠牲となって従業員の理想的な働き方の実現のために疲弊しているという現実は、長続きはしない。そんな思いから、経営者として改めて組織のあり方や自分自身のビジョンというものを考え直して気づいたことがあった。

4.女性経営者が牽引する新しい女性活躍推進の形

少しずつ事業や売上が増えてくると、次第に従前の企業と同じように雇用前提で企業成長を考えるようになってきていた。人がいないと仕事を受けられない、成長しない・・・人をただ増やすだけで、業務のクオリティーや提供するサービス内容というものに変化が起こっていないことに気づいていなかった。なぜならば働き方の多様性によって自分はとても新しいことしていると信じていたからだ。 女性にとって働き方や自由なキャリア形成を実現できる組織は確かにとても魅力的ではあるが、それだけでは組織全体の成長を実現することは難しい、ということを何年もかけて学ぶこととなった。冒頭のデータにある女性経営者の組織規模は、女性経営者自らがそのようなスケール感で経営してい るという理由だけでなく、こうした事情も働いているのではないかと推測する。柔軟で多様な働き方と組織全体の成長を考えたとき、業務内容や作業手順の見直しといったもっと広い要素が必要だ。こうしたことに気づき、さらに新しい女性活躍推進の形をつくりあげていく組織に自分自身もしていき、社労士としてもそのような組織づくりを応援していきたい。

※本内容は、2019年2月発刊時点の情報となります。

社会保険労務士法人ワーク・イノベーション代表
特定社会保険労務士 菊地 加奈子 氏

株式会社ワーク・イノベーション代表取締役。
厚生労働省 中央介護プランナーとして全国約1000社の仕事と介護の両立支援に携わる。全国社会保険労務士会連合会 両立支援部会の委員として仕事と介護の両立に関するテキストを作成。5児の母として、事務所に保育施設を併設し、自身や職員が子連れ出勤をしながら柔軟な勤務形態で働く環境を構築。多くの企業の仕事と介護の両立支援、女性活躍推進、テレワークをはじめとする働き方改革、事業所内保育施設導入のコンサルティングを行っており、「NHKクローズアップ現代」を始め新聞・メディアにも多数取り上げられている。全国でのセミナー・講演実績多数。

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