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ダイバーシティの現場から…(第5回『がん患者編』1)
<染谷 由美 氏>
1.がん患者就労支援の基礎知識
(1)がん対策基本法の改正
がん対策基本法は、全国どこでも同じレベルの医療を受けられる環境整備や、政府が総合的ながん対策として「がん対策推進基本計画」を策定すること等を目的として、2006年に制定されました。 制定から10年が経過し、がん患者の就労支援等の新たな課題が明らかになったことを踏まえ、基本理念にがん患者の就労に関する内容が追加された「改正がん対策基本法」が2016年に成立しました。この法律では、努力義務ではありますが、新たに「がん患者の雇用継続等の配慮」と「国および地方公共団体等が講ずるがん対策への協力」といった規定が設けられ、事業主の責務として課されること になりました。
(2)がん対策推進基本計画
第2期がん対策推進基本計画から、新たに「がん患者の就労を含めた社会的な問題」が追加され、がん診療連携拠点病院等での専門的な就労相談に対応するために、がん相談支援センターを中心に、社労士等の就労に関する専門家の活用が促され始めました。 第3期がん対策推進基本計画でも同様に、取り組むべき施策に、「社労士等の院外の就労支援に関する専門家との連携等」や、「企業が、柔軟な休暇制度や勤務制度等、治療と仕事の両立が可能となる制度の導入を進めるよう、表彰制度等の導入の検討や助成金等による支援」および「社員研修等により、がんを知り、がん患者への理解を深め、がん患者が働きやすい社内風土づくりを行うよう努める」といった項目を掲げています。
(3)事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン
2016年2月には、厚生労働省から、がんや脳卒中等の疾病を抱える労働者に対して、適切な就業上の措置や治療に対する配慮を行い、治療と職業生活の両立を支援する取組みをまとめたガイドラインが公表されました。
(4)働き方改革
政府の一億総活躍社会実現のための働き方改革では、長時間労働の是正や同一労働同一賃金の実現が中心とされていますが、同様にその中には、病気の治療と仕事を両立できる環境整備に向けた支援策を拡充する考えも示されています。
2.社労士の役割
がん患者の就労問題とは、いわゆる労働者ががんに罹患したことをきっかけとして生じる職場でのトラブルであると考えられます。職場のがんに対する理解不足から、休職や復職に関するトラブルや退職勧奨・解雇といった事態に陥り、労使間だけで解決ができず、あっせん等に至るケースもあります。そのため、社労士は、がん患者の就労問題に関しても未然に防止していく必要があり、これこそ が社労士に求められている社会的使命であるといえるのではないでしょうか。
3.治療と仕事が両立できる職場づくり
厚生労働省から公表された事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドラインを基に説明いたします。
職場環境整備
◆企業が抱えている課題
従業員ががんに罹患した際の企業における課題は次のような項目が挙がっています。
(注)
・周りの従業員の理解不足
・欠員の補填、業務分担への配慮
・会社制度(休暇・休職制度・就業時間等)との不整合
・長期休業の際の復職の許可の判断
・会社の経済的負担
・産業医との連携のとり方
・休職期間中のフォローの仕方
・がん罹患者の早期発見・早期対応
◆労働者が抱えている課題
労働者が治療と仕事を両立する上で困難であったこととして挙げていた問題を大きく分類すると、次の通りになります。
(注)
・治療費等の経済的な問題
・柔軟な働き方ができないことによる働き方の問題
・相談先の問題 ・職場の理解がない、乏しいといった職場の理解
・風土の問題
これらのような労使それぞれが抱えている課題を解決しつつ、がんになっても安心して働き続けることができる職場環境を構築するとともに、職場の組織風土改革にも取り組んでいくことが重要です。 職場環境の整備の方法については下記要領で行っていきます。
(ステップ1)会社の基本方針の策定、従業員への周知
治療と仕事の両立支援の基本方針を策定し、従業員に明確に周知し、会社に対する信頼感と安心感の醸成を行っていきます。
(ステップ2)社内制度の整備
治療経過に伴い有効となる制度が異なるため、「入院や通院に伴う休職や休暇制度」と「体調や治療状況に応じた柔軟な勤務制度」を分けて考えていく必要があります。また、がん治療による副作用や後遺症等によっては、制度では対応できないこともあり、そのような場合には、配慮で補っていくことになります。
※具体的な配慮方法の例
・従業員の意向を踏まえて一時的に業務量を減らす
・営業職の場合は、体力面での負担軽減を考慮して社内でのバックアップ業務への職種変更
・体調が悪くなった時に休憩できるスペースを確保する
社内制度の変更等が難しい企業では、現在の制度でどこまで対応できるのか、あるいはどんな配慮ならば対応できるのかを検討しておくとよいでしょう。
(ステップ3)社内体制の整備
①相談窓口の設置
がんに罹患した従業員だけでなく、サポートしている上司や同僚も不安や悩みを抱えることがあるため、誰でも安心して相談できる相談窓口や両立支援に関する担当部署を明確にしておきます。なお、両立支援に関する相談内容は機微な個人情報となるため、個人情報の取扱いについても決めておかなければなりません。
②従業員への対応方法を決めておく
上司等の両立支援の関係者の役割と支援の方法等を決めておきます。特に、管理職は、最初に報告・相談されることが多く、その初動対応次第では今後の両立支援に大きな影響を与えてしまう可能性が考えられます。管理職研修に、がんに罹患した部下等への対応方法等を含めることを検討しておくとよいでしょう。
③関係者間の連携体制の構築
診断書や主治医の意見書から、今後の支援を検討する際、病気や治療の内容を把握しておかなければなりません。普段から産業保健スタッフ等と打合せを行うなど、それぞれの立場からの支援ができるようにしっかりと連携体制の構築をしておくことが重要になります。
(ステップ4)従業員の意識啓発のための研修開催及び両立支援体制の周知
両立支援を円滑に実施するためには、職場の上司や同僚からの理解や協力がどれだけ得られるかが鍵となります。がんに対する正しい知識がないことによるがん患者に対する偏見等により、離職を選択してしまうケースもあるため、従業員のがんに対する正しい知識の習得が必要不可欠となります。そのためには、研修を開催し、「お互い様である」といった職場風土を醸成していくことが重要となり ます。
※研修カリキュラムの例
・がんの要因、がんの種類、経過等
・がんに関する基礎データ
・がん治療の種類、後遺症や副作用等
・がんや疾病に対する国や都道府県の取組み
・がんの予防や早期発見、がん検診
・がん患者への理解
・実際のがん患者の体験談
・治療と仕事を両立させている事例紹介
・ワークショップ
今後、労働者の高齢化に伴い、治療をしながら働き続ける労働者もより一層増加することが見込まれていますので、社労士にとって、企業への治療と仕事の両立支援は、欠かすことできない業務になる時代もくるのではないでしょうか。 次回は、実際に両立することとなった場合の支援の進め方についてご説明いたします。
(注)東京都「がん患者の就労等に関する実態調査」(平成26年5月)
(次号につづく)
※本内容は、2018年2月発刊時点の情報となります。