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業種特化社労士の視点から(第49回 『農業編』)

<藤本 紀美香 氏>

●農業界と関わるようになったきっかけ
先輩社労士から「農水省にも助成金がある」と聞き、ある関係団体に制度内容を聞きに行ったことが農業界と関わるきっかけとなりました。実際にその助成金を取り扱うことはありませんでしたが(現実問題として当該助成金はいわゆる労働保険諸法令に基づく助成金ではないため我々社労士が直接申請代行することはできないものでした。できることは書類作成のアドバイスや賃金台帳・出勤簿等の整備にとどまるところです)、この訪問をきっかけに後日農業者年金についての研修会で話す機会をいただきました。

農業者年金。社労士試験でも出題されたことがあるので、皆さん名前を聞いたことはあると思います。「強制加入」か「任意加入」との視点でみると任意加入なので「私的年金」にあたりますが、一定の要件を満たした加入者については国費から掛金が補助されるあたりは「公的年金」としての顔を持ちます。

ありがたいことに各地でお話させていただく機会があるので、ここで簡単な制度説明だけ。個人で加入する上乗せ年金は「国民年金基金」「イデコ」がありますが、農業者はこの「農業者年金」も加入できるため、選択肢は2つではなく3つになります。確定給付型の国民年金基金と確定拠出型のイデコは併用できますが、確定拠出型の農業者年金は他制度との併用はできません。農業者年金に加入するには国民年金の付加保険料納付が必須要件となります。国民年金制度上の手続きについても通常の付加保険料納付の申出ではなく該当という扱いとなります。

●農業あるある
1.農業の労務管理
「農業は労働諸法令が適用除外である」。この言葉が独り歩きしているように思えますが、適用除外なのは労働基準法の労働時間(第32条)・休憩(第34条)・休日(第35条)・割増賃金(第37条)、年少者の特例(第61条)です。
我々社労士はこの労働時間・休憩・休日・割増賃金で事業主と日々頭を悩ませていると言っても過言ではないと思いますが、農業ではここが適用除外なのです。ちなみに適用除外となる事業の種類は労働基準法第41条・別表第一第6号・7号に規定されており、「土地の耕作、植物の植栽・栽培・採取等の事業」「畜産・養蚕・水産等の事業」です。林業は含まれていません。

農業界においては「友人、知人、ご近所さんの手を借りる」ことで繁忙期を乗り切ることが多くあります。また「援農」という半ボランティア(報酬は収穫物やお弁当など)活動も多くあります。そこには労使関係はなく、指揮命令もありません。当然ある程度の時間管理(何時から何時までとか)、作業内容の説明はありますが、強制はしませんし諾否の自由もあります(そもそも農作業がしたい人しか集まらないので拒否などしませんが)。

農業界においても人手不足は同じで、「後継者不足」「担い手不足」と表現されることが多いです。外国人の技能実習生や特定技能生などの受け入れも積極的です。
国も積極的に農業従事者を増やす方向で動いており、跡継ぎでなくても農業を始められる、就職先としても農業経営体が選ばれるようになるなど、農業を始めるハードルは低くなってきたように思います。そのため農業界に「労働者」がみられるようになってきました。

雇用契約を結び労務管理を行うということに不慣れな方も多く、何をどうすればいいかわからないという声を耳にします。意図しないまま法違反になってしまっていることもありますが、法違反でないのに労働者から割増賃金を請求され、言われるまま支払ってしまったというトラブルもあります(事業主が法律を理解したうえで割増賃金を支払うことは全く問題ないのですが)。
相談窓口がどこなのかも良く分からないようです。日頃接する機会の多い関係団体の担当者も技術や経営のアドバイスが専門であり、労務管理は専門外。他士業との関わりを持つ農業者は多いですが、適用事務のアドバイスをする士業(士業テリトリーは別として)はいても労務管理、とりわけ「農業」の労務管理のアドバイスは難しいようです。社労士であっても農業の労務管理には馴染みがないと感じる方は少なくないと思います。紹介された社労士に「割増は不要だが、36協定の締結や変形労働時間制の届け出は必要とアドバイスされた」など。
そもそも法定労働時間がない農業において36協定も変形労働の届け出も原則としては不要ですが、締結・届出を妨げるものではありません。件の社労士が行ったアドバイスの真意は不明ですが、締結したからには法的拘束力を持つため、協定の上限を超えた時間外労働は法違反となってしまいます。
行政の担当者もときおり不安そうな解答を出されますし、労働局ごとに見解が異なるなども珍しくない(これは農業に限ったことではないのかもしれせんが)ようです。

2.労働保険関係
常時5人未満の労働者を使用する個人経営の農業は労災保険と雇用保険が暫定任意適用となっています。任意適用なので事業主が任意加入の申請をし、その承認を受けて初めて保険関係が成立します。
農作業機械は鋭利な部分がむき出しになっているものが多いですし、平坦な圃場ばかりではありません。農業界に「労働者」が増えているにもかかわらず、被災労働者の救済は大切な要素であるはずなのに、このあたりは一向に進展がないようです。早急に農業も労災保険の当然適用事業に加えるべきだと考えます。

農業は二元適用事業なので、雇用保険は別建てで成立します。保険料率は一般の事業より高いですが園芸サービス、牛馬の育成、酪農、養鶏、養豚は一般の事業と同じ料率が適用されます。雇用保険は要件に該当する者のみが被保険者になるので、当然適用事業になったとしても直ちにすべての労働者が被保険者になるわけではありません。ただし、逆にいえば要件に該当する働き方をしている労働者にはきちんとした雇用保険制度の恩恵を受けられる状況になるべきだと思います。雇用保険は失業の給付が主なイメージとしてありますが、農業者に対して私が強く説明するのは雇用継続給付です。男女問わず育児休業・介護休業は取得できます。「子育てが落ち着いたらまた復帰してね」と両者納得の上で円満退職するケースがあるのですが、そこはぜひ育児休業制度を利用してもらいたい。「うちは社会保険に加入していないから」と出産手当金と混同されていることもあります。関与先で男性が育児休業を取得したケースもあり
ました。
また農業では最低賃金に近い単価でアルバイト雇用をされているケースも多いので、業務改善助成金を提案し、活用してもらっています。

●これから
まだまだ農業界には、我々社労士の存在が知られていないと思います。
誰に相談すればいいのか分からないという声をなくし、身近な社労士として頼っていただきたいと思います。なにが適用除外なのかを理解し、そして適用除外ではない他諸法令の遵守。思わぬ法違反にならないように、安心して労働者を受け入れられる業界であってほしいと思います。農業といっても個人(常時5人未満)なのか法人なのか、扱う作物の種類や栽培方法、飼育する家畜の種類によって労務管理の手法は大きく異なります。地域性もありますし答えは一つではありません。

こういった農業あるあるを、私は全国の農業社労士とのつながりの中で勉強させてもらっています。リモートでつながったり、実際に各地の農業者を訪問させてもらい、労務管理の手法やまた農業界全体の方向性など非常に有益なお話をお聞きしたりする機会もいただいています。多くの社労士の方々が積み重ねてこられた経験を共有していただいているおかげで、こうして一助を担えていると感謝しています。

社会保険労務士 藤本紀美香事務所
代表 藤本 紀美香 氏

特定社会保険労務士、2級年金アドバイザー、1級DCプランナー。
大手流通会社を退職後、平成24年に台東区にて独立開業。
企業顧問として労務管理業務・給与計算業務に携わるほか、年間およそ1,000件に及ぶ年金相談に対応。
また、全国各地で講演活動も多数行っており、一般企業だけでなく、官公署、独立行政法人、地方自治体、地方団体な
どその対象は多岐にわたる。

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