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業種特化社労士の視点から(第29回『学習塾編』)
<長﨑 明子 氏>
学習塾業界の動向
学習塾は、さまざまな分野の教育がビジネスとして展開されている教育産業の一つです。ニーズは家庭によって多岐にわたり、教科指導に留まらず、いわゆる学習塾と習い事との中間に位置するような教育サービスも人気を博しています。子どもの数が減っていても、保護者は一人の子どもに惜しまず教育費をかけようと考え、学校とは別に費用をかけて我が子を学習塾へ通わせようとします。今はコロナ禍で苦戦を強いられる状況もありますが、急速に進む少子化の影響が危ぶまれる中であっても、減少しつつある顧客の争奪戦で激しい競争を繰り広げながら成長、健闘している業界です。
小規模事業所、非正規雇用者が多いことが特徴
令和元年9月公表の「平成30年 特定サービス産業実態調査報告書 学習塾編」(経済産業省)によれば、全国の学習塾は4万6,734事業所、従業者数は32万7,547人です。全事業所の4割強はフランチャイズ加盟塾、個人経営等の事業所数は全体の約65%です。なお、従業員規模別の事業所数は、全体の約8割を従業員数10名未満の事業所が占め、50名以上の事業所はわずか0.9%です。個人経営塾だけでなく、大手企業の直営塾やフランチャイズ加盟塾等を含めても、学習塾はとにかく小規模事業所が多いことが一つの特徴です。また、同調査による従業者の雇用形態別構成比をみると「正社員・正職員」の割合はわずか12.3%で、個人事業主及び無給の家族従業者等の15.8%を除き、残りの約7割(71.9%)は「パート・アルバイトなど」が占めています。なお、学習塾で働く非正規雇用者の多くは学生アルバイトであり、特に、近年顧客ニーズが高まっている個別指導型の学習塾では、学生アルバイト講師が多いことが特徴です。
学習塾の講師はブラックバイト?
平成27年6月に「個別指導塾ユニオン」が新たに結成され、当時、個別指導塾のアルバイト講師が体験した不当な労働条件下での労働実態が大きく報道されました。労基法違反だけでなく、大学の試験や就職活動があっても休めず、辞めたくても辞めさせてもらえない状況に、学生アルバイト講師に対する世間の同情や共感を呼びました。その後も、大手学習塾が是正勧告を受けたといった報道等が続き、学習塾の講師はブラックバイトであるという認識が次第に世の中へ広まりました。同じ頃、厚生労働省では、学生アルバイトをめぐる労働条件や学業への影響等の現状及び課題を把握し、適切な対策を講じることを目的として、大学生、大学院生、短大生、専門学校生を対象としてアルバイトに関する意識等調査を行いました。その調査結果を踏まえ、厚労省と文科省では、学生に対する労働法制の周知を図る取組みを行っています。厚生労働省が平成27年度から毎年4月から7月までの期間に行っている「『アルバイトの労働条件を確かめよう!』キャンペーン」もその一つです。
学習塾業界への労務改善要請
平成27年3月27日付で厚生労働省労働基準局長から公益社団法人全国学習塾協会などの業界関係の7団体の長に向け「学習塾の講師に係る労働時間の適正な把握、賃金の適正な支払等について(要請)」(基発0327第27号)が出されました。内容は、講師が授業以外の時間に行った質問対応、報告書の作成等に要した時間が労働時間として適正に把握されておらず、これらの時間に対する賃金不払いがあることに対して、労働基準法及び最低賃金法に基づき適正に労務管理を実施するよう、業界団体へ会員事業主への周知を要請するものです。 さらに、前述の大学生等への意識等調査の結果を受け、厚労省と文科省は共同で、業界団体の長に向けて、平成27年12月24日付で「学生アルバイトの労働条件の確保について(要請)」(基発1224第4号27文科高第880)を出しています。内容は、労働契約締結の際に労働条件を適切に明示することや、適正な労働時間の把握・賃金支払い等に関して法令遵守することの要請です。加えて、採用時に合意した以上のシフトを入れられるなど学業との両立の面でシフト設定が課題となっていることに対しては、学生の本分は学業であるため、学業とアルバイトが適切な形で両立できる環境を整えることも重要として、事業主側に「配慮」を求めています。
安心塾バイト認証制度とは?
厚労省と文科省から共同で出された前述の要請では、「学生アルバイトの労働条件に関する自主点検表」が別添され、周知と活用が求められました。これを受けて、全国の学習塾団体の中でも会員塾数が最多の公益社団法人全国学習塾協会では、学習塾のアルバイト講師の適正な労働環境の保護と、業界の健全な発展と信頼向上を図ることを目的に「安心塾バイト認証制度」を導入しました。これは、学習塾のアルバイト講師の労働環境に関する審査を行い、認定された学習塾には「安心塾バイト認証」を付与する制度です。このように、業界団体によって、業界独自で労務改善を促す取組みも着実に進められています。
「ブラックバイト」汚名返上への道半ばで異例の再要請
業界団体主導の一部の取組み等が進められていても、業界全体の改善となると容易なことではありません。はじめの要請通達の発出から2年後、学生アルバイトをめぐるトラブルが絶えず、各種報道で大きく取り上げられており、中には労基法違反が疑われる事案が存在するなど、引き続き社会的に大きな課題となっているとして、平成29年3月31日付で「学生アルバイトの労働条件の確保について(再要請)」(基発0331第66号28文科高第1237)が業界団体へ突きつけられました。
学習塾への監督指導等の強化(新通達の発出)
前述の再要請の文書には、学習塾の講師等のみに焦点を絞って新たに発出された通達、都道府県労働局長宛「学習塾における講師等の労働条件の確保について」(基発0324第1号)が別添されていました。学習塾の中には、「授業の1コマ」等を単位として賃金額を決定し、講師に支払う賃金形態があることなどを原因として、賃金不払等の労基法違反が生じていることから、学習塾の講師等の労働条件を確保する上での重点事項等を取りまとめ、これにより学習塾における労働基準関係法令の遵守の徹底に万全を期すことが記されたものです。重点事項等の最後には、監督指導の実施に関しても具体的な指導方針が示されており、それまで再三にわたり指摘されてきた課題は、業界全体の問題として、根本的に改善を要する状況であることが窺えます。
学習塾に特徴的な労務管理上の課題
学習塾にとって、授業の時間割は、サービス業としての商品メニューであり、事業を展開する上でとても重要なものであるため、教室運営における様々な管理は、たいていのことが授業を軸として行われます。そのため、塾生の時間割や授業の実施状況の管理を行うことで、同時に講師の労務管理も行っているような錯覚に陥りやすい状況があります。このような背景から、講師の労働日や労働時間は、授業を軸として考えてしまいがちであることに留意し、授業単位ではなく個々の労働者単位で、実際の労働日や労働時間等を正しく把握するようにしなければなりません。
また、賃金体系についても、授業を軸に組み立てられることが多く、時間割どおりの時間に授業を行うことを前提として、その時間割の授業1コマに対して賃金を支払うような賃金体系や賃金制度が設計されていますが、学習塾では子どもが相手となるだけに、講師の労働時間は、想定どおりにはいかない場合が多いため、そこまでを想定した制度構築と運用が必要となります。
さらに、講師の業務は授業のみに焦点が当てられがちですが、実際には授業以外の業務もたくさんあります。担当授業や状況によって附帯業務の内容とそれに費やす時間は大きく異なり、また、個人の経験と力量等によっても異なってきます。授業時間内にこなせる附帯業務であればそれほど問題になりませんが、トラブルになりやすいのは、これらの附帯業務を授業以外の時間に行う場合の労働時間の取扱いです。附帯業務への認識が低いことにより、その時間が労働時間として適正に把握されることなく、それに相当する賃金も支払われないという結果につながってしまうことが多々あります。実際に行っている業務としては具体的にどのようなものがあるのかを細かくすべて棚卸しをしてみることが大切です。
労働時間の管理では、業務ごとに区分された労働時間を適正に賃金支払い結びつけることができるように、少なくとも時給の種類ごとに適正に労働時間を把握しければなりません。闇雲に業務ごとに異なる時給を設定しては、煩雑でどんどん管理しづらくなっていきます。そのためにも、賃金制度は、実際に運用する場合に現実的に管理しやすく、適正に賃金が支払えるような仕組みを検討することが求められます。
「教師」としての情熱と価値観が裏目に出ないように
学校や学習塾などで教育に携わる仕事に就く人の多くは、教師として生徒を教えることに、やりがいや生きがいを強く感じているため、生徒の成績を上げるためや志望校へ合格させるための労力は惜しみません。そのためには残業や休日出勤などもいとわず行い、その対価の支払いを受けることにも無頓着である傾向がみられます。さらに、厄介なことに、それを誇りに思い、美徳であると感じている人も見受けられます。教師の熱心さが法違反の誘因となりがちであることが、教育分野の業種に注意しなければならない特徴的な一面といえます。