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業種特化社労士の視点から(第24回 『運送業』~特別編:「標準的な運賃」とは~)

<山田 信孝 氏>

トラック運送事業の標準的な運賃が、運輸審議会の答申を受けて、4月24日付けで国土交通大臣告示として発出されました。 30年前に実施された規制緩和により、トラック運送事業は免許制から許可制に、運賃は認可制から届出制となったことにより、事業者数はその当時から約1.5倍に増加しました。その結果、事業者間の競争が激化し、適正な運賃・料金を収受できなくなる状況が生じたことから、トラック運転者の賃金は全産業平均と比較して低い状況となっています。さらに、長時間労働も重なりトラック運転者は、人手不足が恒常化しています。加えて、近年EC通販ビジネスの影響で貨物が増加していることもあり、経済活動の基盤を支える物流の担い手であるトラック運転者の確保が喫緊の課題となっています。 上述の背景により、貨物自動車運送事業法が改正され、2018年12月14日公布の「貨物自動車運送事業法の一部を改正する法律」の附則として、この度の「標準的な運賃」が制定されました。 標準的な運賃は、改正貨物自動車運送事業法において、2024年3月31日までの間に限り、「事業用自動車の運転者の労働条件を改善するとともに、一般貨物自動車運送事業の健全な運営を確保し、及びその担う貨物流通の機能の維持向上を図るため、一般貨物自動車運送事業の能率的な経営の下における適正な原価及び適正な利潤を基準として」定められたものです。 本法改正は、トラック業界、国土交通省の働きかけにより、議員立法によって実現できたもので、荷主との運賃交渉の席上において、対等な立場で向き合うことができない多くのトラック運送事業者にとっては、この上ない“助け舟”であります。 この、標準的な運賃は、国土交通省が定めた一定の要件を満たした事業者のうち、回答のあった639事業者の実運送の原価の調査結果を基にしています。代表的な運送契約として、車両を貸し切って貨物を運送する場合の契約を前提に、「距離制」「時間制」の2種類の運賃表が地方運輸局単位(10ブロック)で上限・下限を設けず、統一運賃として定められました。対象の車型はバン型の車両とし、車種は次のとおりとなっています。

小型車(2トンクラス)   …最大積載量2トン未満の車両

中型車(4トンクラス)   …最大積載量2トン以上かつ車両総重量11トン未満の車両

大型車(10トンクラス)  …中型車(4tクラス)を超える車両(トレーラー(20tクラス)を除く)

トレーラー(20トンクラス)…牽引車と被牽引車とを連結した車両であって最大積載量が20トン前後のもの

年間1車両当たりの原価計算を行い、固定費単価は、車両償却費/人件費/自動車関係税/自動車関係保険料/荷役関連費用/借入金利息/間接費(固定費相当額)とし、変動費単価は、燃料費/オイル費/タイヤ費/尿素水費/車検・修理費/間接費(変動費相当額)となっています。 このうち、車両償却費は、車両の修繕費の上昇を抑え、安全・環境性能の高い車両への買替えの促進する観点から5年とすること、および人件費は、トラック運転者の賃金水準が全産業平均より約1~2割低く、労働時間が全産業平均より約2割長い現状を鑑み、全産業の平均値を基準として設定するとともに、年間労働時間を、週40時間労働の約2,086時間としていることが、特長となっています。 基準外人件費(所定労働時間外の人件費)は、基準内人件費に1.25を乗じて算出し、適正利潤は、自己資本に対する適正な利潤額を基に、運送原価に対する利益率を算出しています。なお、利益率の設定は2.72%となっています。 1運行当たりの距離制運賃額の算出方法ついては、次のとおりです。

距離制運賃額:(①+②+③)×(1+利益率)

①1km当たり変動費×走行距離 ②1時間当たり固定費×所定内労働時間 ③1時間当たり基準外人件費×所定外労働時間

走行距離は、実車キロ程(運賃表のキロ程)に2を乗じて算出した距離とし、所定内労働時間は、走行時間のほか、1運行において通常発生することが想定される待機時間1時間(発地・着地各30分)および点呼・法定点検等の運行準備に要する時間(30分)が含まれています。 なお、長距離帯における時間外労働時間は、2018年に成立した働き方改革関連法によりトラック運転者は猶予期間が設けられたものの、2024年4月1日から罰則付きの時間外労働の上限(年960時間)が適用されることを踏まえ、運行1日当たり約3.7時間を限度としています。 時間制運賃額の算出方法については、次のとおりです。

時間制運賃額:(①+②)×(1+利益率) ①1km当たり変動費×基礎走行距離

②1時間当たり固定費×8時間 (または4時間)

基礎走行距離は、8時間制は「小型車:100km」「小型車以外:130km」とし、4時間制は「小型車:50km」「小型車以外:60km」となっています。 その他、待機時間料は、発地、着地において待機時間が30分を超える場合において30分ごとの料金として30分当たりの基準外人件費に利益率を加味した設定となっています。 燃油サーチャージは、標準的な運賃の設定における原価計算において、燃料費を全国一律100円として算出していることから、燃料サーチャージの基準価格についても100円としています。 また、運賃の割増率については、冷蔵・冷凍車2割、休日2割、深夜・早朝2割とされています。 なお、料金については、待機時間料、積込料、取卸料、附帯業務料のほか、有料道路利用料、フェリー使用料などの実費、燃料サーチャージの収受が定められています。 1999年の運賃表が運賃の上限を表示したものであることから、標準的な運賃の運賃表と、単純比較ができないため、基準運賃の運賃表である1990年と関東運輸局の4トン車の距離制について、比較したのが、次の表となります。

関東運輸局    今回    上限運賃   基準運賃  上限運賃との比較  基準運賃との比較

4トン      (2020年)   (1999年)    (1990年)

10km      18,060   11,050       9,210      163.4%      196.1%

50km      26,480   22,180        18,480     119.4%       143.3%

100km       37,000     34,320      28,600     107.8%       129.4%

 

この30年間における距離制についての伸び率は、近距離ほど高くなっています。小型車、中型車の10kmの伸び率は約2倍と極めて高い傾向にあります。これは全産業平均の賃金と比較し2割程度低い実態にある運転者の賃金の引き上げのほかに、労働時間を一定程度短縮した賃金分が上乗せされていると思われます。 他方、時間制については、8時間制、4時間制ともに小型車、中型車の伸び率は6割を超えて高くなっているのに比べ、大型車は5割弱、トレーラーは3割前後と低い伸び率になっています。 現時点においても、未だに1999年の基準運賃すら満足に収受できていない零細の実運送事業者が多く存在しているのがトラック事業の実態です。標準的な運賃は、荷主との交渉の際の目安であり、強制力のあるものではありませんが、トラック運転者の労働条件の改善に繋がるものと期待しています。 新型コロナ感染症の影響により、今年1~3月の実質GDPが年率3.4%減、2期連続マイナスと経済の急速な落ち込みの中、どこまでトラック運転者の待遇改善に繋がる運賃改定ができるか、今後ともその動向を注視する必要があるでしょう。

東京ウイング社労士事務所
特定社会保険労務士 山田 信孝 氏

東京ウイング社労士事務所代表、株式会社WINGジャパン代表取締役、特定社会保険労務士、行政書士。
国土交通省の行政経験を活かし、運送業コンサルティングのほか、運行管理者試験の対策講座(貨物・旅客)を運営・実施している。
著書:運行管理者<貨物>速習テキスト&問題集、運行管理者<旅客>テキスト&問題集

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