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業種特化社労士の視点から(第23 回 『ホテル宿泊業編』)
<黒田 公重 氏>
⑴はじめに
ホテル宿泊業は接客業の中でも高度なサービスを要求される職種になります。最近ではホテルや接客に特化した大学や専門学校を卒業し就職してくる方も多いですが、私自身はホテルとかけ離れた世界におりました。ホテル宿泊業に関与するようになったきっかけは、営業職から事務職へ転職活動し、採用されたのがとある全国ホテルチェーンの会社だったことからです。入社し数か月の研修後、支配人として一つのホテルの事業計画や人員配置・営業・企画まですべてを任されました。宿泊施設は24時間365日のシフトを組むため労務管理が煩雑でありながらスタッフの健康管理を十分にしていくことと戦略的な企画営業との両輪をバランスよく整えていくことが要求されました。 いくつかのホテルを赤字から黒字経営に好転させた経験から、その大きな軸は人事管理とモチベーション向上だと実感し、退社後はコンサルティング会社を経て現在は社会保険労務士としてホテル宿泊業を応援しています。
⑵ホテル宿泊業の現状
新型コロナウイルス以前は、2020年の東京オリンピックに向け全国でホテルや旅館・民泊などの建設及び開業ラッシュが続いていました。加えてインバウンド政策により外国人観光客は6年間で3.7倍に増加し、2019年は3100 万人を超え、政府が掲げた2020年に4000万人という目標にあと一歩という数字まで来ていました。特にホテルの軒数は都心部を中心に5年間で約600軒増加しています。ただ、異業種からの新規参入も多く、その点ホテル宿泊業のノウハウを持たない事業主も多い現実があります。 またホテル建設ラッシュにより宿泊客が増加する一方で、全体の従業員数は横ばいであるため、従来からの人手不足に拍車をかけました。そこで外国人労働者の特定技能実習生ビザがホテル宿泊業にも認められましたが、教育などの問題も山積みです。その原因は離職率の高さです。
⑶高度なサービスの裏の問題点 離職率ワースト1位
宿泊業の離職率は、全業種中ワースト1位で、約30%となっています。これは、高度なサービスや華々しい世界を夢見る新卒者や就職希望者にとって、地味で過酷な労働環境であることが離職率を高めていると言えます。 東京オリンピックを誘致する際に話題になった「おもてなし」。外国人から人気の日本のホテル・旅館等の「おもてなし」は、各スタッフ一人ひとりがお客様から求められているものを「目配り」「気配り」「心配り」で気づき対応する、形に出来ないサービスです。これは従事するスタッフの成熟度によりサービスの良し悪しが変わる事を意味し、その為些細な事でも大きなクレームに発展することが多いのです。特に深夜など管理監督者不在時でのトラブルやクレームは、カスタマーハラスメントに進むケースもあり、いかにスタッフを守るかも課題です。それにはクレーム対応マニュアルの整備と教育訓練の充実を図り、過去の事例を教訓として柔軟に取り入れていく必要があります。 深夜勤務にはもう一つ、防犯教育も課題です。お客様の安全だけではなく盗難・窃盗・横領などを未然に防止する教育の徹底で、ようやく信頼し任せることが出来るようになります。 希望を膨らませ入社したにも関わらず、泥臭い仕事やクレーム対応、深夜を含む過重労働が入社前のイメージとのギャップで離職する人が後を絶ちません。
⑷繁閑と混在する部署・職種 独特な労務管理
年中無休のホテル宿泊業は、労働基準法や安全衛生法にある特例や例外などを駆使し対応しています。例えば変形労働制です。ホテルの地域性や観光ホテル、ビジネスホテル等の属性の違いなどで使用する変形労働制は変わります。 ホテル宿泊業と一括りにしても、客層や地域のイベント、特徴によっても繁閑期が変わります。例えば季節の風景などで有名な地域、歴史ある祭がある地域、産業や工業地帯といったビジネス向けの出張利用など客層にも違いがあります。また景気によっても左右されます。不景気になると旅行が減り宿泊を伴う出張もなくなります。地元の工場撤退によってお客様が激減することもありました。しかし繁閑の差が激しいのはどのホテル・旅館でも同じです。 季節による閑散期・繫忙期があるなら1年単位の変形労働制が良いでしょうし、曜日により繁閑するなら1カ月単位の変形労働制が適しているかもしれません。そのホテルの地域や属性を考慮する必要があります。 そして常に担当者を悩ませるのはシフト作成です。宿泊予約状況を見ながら予想しシフト作成をしますが、予想と反することが起きた場合に備えることも大事です。パートスタッフ採用時には予め繁閑を考慮することなども伝えておくとトラブルの防止にもなります。 また内勤事務職もいれば客室清掃担当、フロント事務や調理・設備担当など職種も多岐に亘り、それらの職務を理解した上での労務管理は厄介です。特に夜勤と日勤が混在するフロント事務は、夜勤により体調に影響を及ぼす方も少なくなく、一人ひとりの健康に配慮が必要です。
⑸健康経営とホテル宿泊業
ホテル宿泊業の特徴は、人事戦略が経営計画の一端を担っていると言えることでしょう。 前述のとおり、閑散期と繁忙期の人員配置及びスタッフのスキルが業績に直結しています。ホテルに転職した私が最初に赴任した新築オープン数か月のホテルは、当初業績が非常に悪い上にクレームは社内で一番多いところでした。そこから1年後には赤字から黒字に脱却、お客様満足度社内1位になり、「秘密は何か?」とよく聞かれました。それは、スタッフの心と体の健康に取り組むことで結果的に業績向上や組織の活性化に繋がっていく、現在の「健康経営」でした。コミュニケーションを図り風通しの良い雰囲気を作り、積極的に意見を採用することで、全体が自主的に仕事に取り組めるようになると、クレームも残業も減り業績が上がっていきます。それまでの負のスパイラルから正のスパイラルに変化したのです。 私が赴任し真っ先に感じたのは、スタッフが接客時以外で「笑顔」がないことでした。接客すら「作業」になっていたのです。それからスタッフの笑顔作りに専念しました。お客様のために笑顔のスタッフが存在し、その笑顔を支えるのが事業主、という構図を徹底して貫きました。その結果、モチベーションが低下し集中力も欠け、失敗やミスが多く、サービスが低下しイメージも悪かったホテルが、たった1年後には労働生産性が向上すると共に、評判も顧客満足度も上昇していました。
⑹社労士として関わるホテル宿泊業
ホテル宿泊業は「人」が全てです。設備の良さだけでは業績は上がりません。それを多くの経営者の方に伝えたいと考えています。 現在は新型コロナウイルス感染症により、稼働率は4月現在通常の1割まで冷え込んでいます。すでに倒産するホテルも出てきました。存続の危機とも言える現状をどう乗り越えるのかを業界経験者の社労士として事業主と共に考えています。 ホテル宿泊施設は民間の事業所でありながらパブリックスペースも担っています。以前、狂牛病が猛威を振るった時期も感染拡大を防ぐクッション的な役目を担った経験があり、今後は公衆衛生の第2の機関としての施設利用も増えることと感じています。新型コロナウイルス感染症では軽症感染者の宿泊施設利用により、感染予防の利用マニュアル整備が整い、それらのスキームが完成すると考えられます。 今回の自粛で旧態依然のホテルは淘汰されることでしょう。そして、コロナが終息した後には現在の知見・情報を整理しメソッドを作り上げること、例えば宿泊のみならずテレワーク等日中の客室利用、レストランや宴会場等の新発想の企画やプランが、もう一つの売上の柱として定着するとホテル宿泊業の安定経営に繋がっていきます。そういった新サービスに対応する人員配置や教育訓練、マニュアル作りをしていく必要があると考えます。 現在は仕事を作ることからまずは考え、コロナ禍を生き延び、終息した時には定着する新しい生活様式や働き方にもホテルとして対応できる準備を社労士としてサポートしたいと考えております。