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業種特化社労士の視点から(第18回『ビルメンテナンス業編』)

<髙山 英哲 氏>

(1)動き出した、ビルメンテナンス業界 

ビルメンテナンス業界に変化が訪れています。かつての業界は、建築物の衛生、保全、美観の保持を目的とした「一般清掃」「設備管理」「警備」が3本柱として成り立っているサービス産業でした。売上構成費用をみても『ビルメンテナンス情報年間2018年・第48回実態調査報告』によれば、「一般清掃」が最も高い割合を占め、現在も主力となっています。  ところが、次第に業務の種類、内容ともに広がりをみせ、多角化へと動き出しています。たとえば、病院の清掃業務を専門とした会社が、メッセンジャーといった薬剤提供サービス、薬剤師派遣、調剤薬局への取り組みを進める。あるいはマンションにおける清掃専門会社が、個人宅のハウスクリーニングへ進出。また、美術館の清掃業務、設備管理が主力だった会社が、時代の波に乗って、外国人向けの通訳、英会話サービスへ展開することも。その他にも、セレモニーホールの設備管理をメインとしていた企業が、新たに葬儀業界へも参入したケースもあります。では、どうしてビルメンテナンス業界では、このような多角化が進み、広がりをみせているのでしょうか。その理由は、営業担当者が、ビルオーナーからフェイス・トゥ・フェイスで、日々繰り返し苦悩を聞き、意見交換をすることで、太く強い関係を構築しているからです。もちろんオーナーの悩みや戸惑いを解決することは容易ではありません。しかし、同じ視点で向き合い、難題を解決するために共有した時間には、価値があります。だからこそ、ビルオーナーの新たな事業展開を、自らのビジネスチャンスとして動き出す可能性が、必然と高くなるのです。こうした背景を踏まえると、長く語り継がれてきたビルメンテナンス業界における人事労務管理の手法は、様々な業務内容を考察し、オーダーメイドで見直す時期にきていると考えます。

(2)出会いは崖っぷちに立たされていた時期

ビルメンテナンス業界との出会いは、ある朝の一本の電話でした。「セミナーの講師をお願いできますか?テーマは『立入調査からみたビルメンテナンスの労務管理の課題』です。定員は50人で実施する予定です」。私のホームページを見た、公益社団法人東京ビルメンテナンス協会の研修担当者の方からの打診でした。私は即答できず「少し考えさせてください」と言って電話を切りました。その理由は、開業して数年間が経っていたにも関わらず、社労士としての方向性に迷っていた時期だったためです。今後も手続業務を中心に進むのか、賃金制度の構築、人事考課制度の提案といった分野へ道筋を見いだすのか、それとも助成金制度の分野へも仕事の幅を広げていくのか、あるいは企業の労務顧問として用心棒的な役割を担うのかなど、試行錯誤の時期でもありました。  最後は声をかけて頂いたことに感謝し、この縁はチャンスと考えて講師を受けることを決意しました。そして数週間後、協会の理事会があり、セミナー講師予定者として出席することになります。研修担当の協会理事からセミナーの趣旨を伺い、複数の出席者から、様々な質問を受け、その場で具体例を示しながらタイムリーに返答をしました。すると更に次々と質問が押し寄せます。どのくらいの時間が経過したでしょうか、最後は、立入調査として「労働基準監督署」「社会保険事務所(当時)」「ハローワーク」「会計検査院」の対応方法を行政機関別に分けて、理事会出席者から納得を得るまで機関銃のように説明し続けました。この約2時間のおかげで、協会と一体感が生まれたような気がします。そして思い起こせば、何も準備せずに無防備に理事会に出席したものの、ここまで回答し続けられたのは目に見えない力に動かされている。そんな、何かの縁のような、今まで感じたことがない不思議な感覚を覚えました。セミナー当日は定員50名をはるかに上回る、151名(124社)の出席で大盛況。終了後のアンケートでは「調査が入る目的や調査項目が分かった」「立ち入りを受ける時の調査の心構えが分かった」などの声がありました。「大変参考になった」「参考になった」が合わせて8割以上を占め、出席者の満足度が高いセミナーであったこともあり、セミナー終了直後に、継続したセミナー講師の依頼を受けました。以降、ビルメン会社と縁が繋がり、セミナーをきっかけとして顧問契約あるいは、相談を受ける会社が増えました。仕事の方向性について、暗闇の中でもがいていた状況から、わずかな光が見えました。その光に労務顧問を柱とした、進むべき道筋を照らされ、元々の前向きでアグレッシブな自分とも再会、それを実感した瞬間でもあります。

(3)ビルメンテナンス業界が、社労士を求める理由

少し前の話しになりますが、埼玉労働局が、ビルメンテナンス業及び清掃業を対象とした自主点検を実施しました(平成27年1月30日発表)。なぜ、埼玉労働局における調査対象業種となったのか。報告資料を考察するに、その理由は、ビルメンテナンス業及び清掃業において、事業場数及び労働基準関係法令違反に係る申告事案が増加していること、そして、監督指導結果において高い違反率が認められること、さらに、多くの労働災害が発生していること等の状況がみられるためです。このような背景を踏まえれば、ビルメンテナンス業界において、社労士はなくてはならない存在といえます。  すでに知識、経験をお持ちの先生も多いと思いますが「申告監督」とは、従業員やその家族から社内での法令違反などを申告されての調査になります。労働者には企業内で労働基準関係法令違反があるとき、監督官に対して申告できる申告権があります。この申告があった場合、労働基準監督署はその内容について調査をすることになります。こうした事実を踏まえ、事業主にとって一番気がかりとなる監督署への申告をなくすことは社労士の力だけでできるのでしょうか。残念ながら労働者からの申告をゼロにすることはできません。しかし、少なくすることは十分可能です。私たち社労士と事業主とで労働者の声をすくい上げ、ひとつひとつ協議を重ね、申告を少なくするための知識を共有し、共に動き出す。ただそれだけです。

(4)試行錯誤のうえに、たどり着いた人手不足対策の取り組み 

急速に少子高齢化が進んでいる現在。生産年齢人口割合が減少する中で、人手不足に頭を抱える事業主は大多数です。では、どうすれば人手不足を解消できるのでしょうか。おそらく、その解決策として、こう答える社労士は少なくないと思います。「高齢者雇用」「外国人雇用」「女性活躍」と。私もそうでしたが、皆さんはいかがでしょうか?もし、私たちが人材不足対策として、これらの策を力説したら、はたして事業主の心に刺さるでしょうか。私は難しいと考えます。実際、事業主はすでにセミナーなどから、同じような情報を学び知識として習得しています。中には、私たち社労士の想像をはるかに超えた発想やノウハウもあります。それを事業主から指摘されるまで気づかず、陳腐化された古い価値観を自己満足で提案し、背を向けられた時の顔から火が出るような苦い思いは骨身に沁みています。  ジェットコースターのようなスピード感で、変化する時代へ突入した今、人手不足解消の技術は日々、急速に動いています。だからこそ、何が必要で何が無駄なのか、何を変えなければならないのか、日々インプット・アウトプットを繰り返し、自信を持って自分の考えで、判断ができるようにしなければなりません。インターネット・SNSを利用した人材募集広告に50万円以上支払っても、結局は求めている人材にリーチできない時代になっています。何年後かは今まで以上となる人手不足という苦難を乗り越えるための土台は、今すぐ作らなければなりません。  では、私たち社労士には、何ができるのでしょうか。それは現在2つあります。まず一つ目は、AIを利用することです。具体的なサービス、システム、商品名、ツールなど、それに付随する技術を人手不足対策として習得することは、これからの社労士には不可欠となるでしょう。ビルメンテナンス業界の課題を考察したうえで、私たち社労士も成果確率を高める意識で、AIを利用した人手不足解消の技術を事業主に向けて発信することは責務と考えます。そして、二つ目は、実際に海外や他業界でも取り入れられている人手不足対策として、結果が出ている人事戦略・戦術を発信することです。はたして、ビルメンテナンス業界でも同じよう結果を叩き出すことをできるかどうか。すでに人材採用で結果を生み出した手法を取り入れ、業界に適した内容で練り直す必要があります。

髙山社会保険労務士事務所
特定社会保険労務士 髙山 英哲 氏

大学卒業後、約10年間サラリーマンとして勤務。メーカーの営業職、一部上場企業での社員教育担当などを経て1998年7月開業。様々な業種の企業を顧客としているが、公益社団法人東京ビルメンテナンス協会の「立入調査からみたビルメンテナンスの労務管理の課題」セミナー講師を受託したことにより、ビルメンテナンス業を営むお客様からの引き合いが多い。企業が抱える悩みと向き合い、長時間労働、残業代の未払いリスク解消に向けた定額残業代制度の設計・構築・運用、その他労務管理のサポートに精通している。

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