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業種特化社労士の視点から(第13回『私立学校編』)
<曽田 究 氏>
1.私立学校の構成
「私立学校」とは、学校教育法第2条第2項により「学校法人の設置する学校」とされ、また「学校法人」とは、私立学校法第3条により「私立学校の設置を目的として、この法律の定めるところにより設立される法人」とされており、在籍している労働者の職種は、大別して次の3通りです。
(1)教育職
一般企業の正社員に当たる本務者(専任教員)、短時間労働者に当たる兼務者(非常勤講師)の他、契約社員的な位置付けの常勤講師等が在籍しています。外国語科目のネイティブスピーカーとして、外国人労働者が在籍している例も見受けられます。
(2)事務職
教育職と同じく本務者(専任職員)が在籍し、それを補助する者として有期契約の常勤職員、兼務者(非常勤職員)で構成されています。
(3)その他
その他の職種としては、用務員、スクールバスの運転手、守衛、食堂・売店の要員等が挙げられます。しかし、スクールバスの運行、入退場の確認、食堂・売店については外注化が進んでおり、直接雇用している労働者は減少傾向にあります。
2.労働保険、社会保険の留意点
(1)労働保険 平成16年3月31日迄は「都道府県に準ずるもの及び市町村に準ずるものの行う事業」に含まれるもの として二元適用事業でしたが、平成16年4月1日から現在の一元適用事業とされました。
(2)社会保険 平成27年9月30日以前の私学共済制度の加入者資格喪失の事由として、「無給となったとき(休職等 により、給与が平常勤務の際の20%を下回ったときを含む)」(一部記載を省略)が規定されていましたが、平成27年10月の厚生年金との統合により、この加入者資格喪失事由は削除され、多くの企業と同様にノーワークノーペイであっても加入者資格が維持されることとなりました。 統合後も事務組織に変更はなく、引き続き短期給付(健康保険相当)等と併せて、日本私立学校振興・共済事業団 共済事業本部が所掌しています。
3.労働時間等の設定
(1)労働時間、休日
私立学校の特色の1つは、夏季休暇、冬期休暇、春季休暇といった学業休業日が多いことです。また、週日の内の1日を自宅研究(修)日等の在宅勤務可能な日として指定している例も見受けられます。 学期中の労働日の労働時間は、業務の範囲が広いため長めの傾向にあります。また週末に学校行事がある場合等は、1週間に1日の休日を設定するのも簡単ではありません。 大学の教育職の一部を除き、特にフルタイムの教育職には1年単位の変形労働時間制が適している場合が多く、学校種別、学年別、自宅研究(修)日別等により、複数のカレンダーを設定するのが、より実情に合致します。 また、一定の大学の教育職には、専門業務型裁量労働制の採用が可能です。
(2)休憩
授業と授業の合間の時間、昼食時間に休憩を設定する余地はありますが、学生・生徒からの質問等への対応を考慮すると、その全部を休憩とすることには些か無理があります。 しかし、1限から最終限までの全てで授業を担当することは少ないので、授業を担当しない空き時間に交替での休憩を設定することが可能です。ただし、私立学校は労働基準法別表第1第12号に当りますので、一斉休憩の適用を除外するには労使書面協定が必要となります。
4.賃金
(1)公務員準拠等 学校種別毎に公務員の給与に準拠または公務員の給与を参考としている例が、多く見受けられます。私立学校の教職員の給与は人事院勧告等に拘束されるものではありませんが、公務員準拠を維持するのであれば給与規程等にその旨を明記し、毎年度改定を実施することが求められます。これを怠ると、数年前の公務員の給与表に準拠した独自の給与表ということになりかねません。
(2)教職調整額 公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法第3条第1項に「教育職員(校長、副校長及び教頭を除く。以下この条において同じ。)には、その者の給料月額の百分の四に相当する額を基準として、条例で定めるところにより、教職調整額を支給しなければならない。」と規定され、また同第2項に「教育職員については、時間外勤務手当及び休日勤務手当は、支給しない。」と規定されています。 前項同様にこの教職調整額についても公務員に準拠して支払っている例が見受けられますが、「公立の義務教育諸学校等の教育職員」に関しての特別措置であって、私立学校の教育職員は対象外であることは言うまでもありません。
5.非正規雇用教職員の労働条件の留意点
本稿1に在籍労働者の職種等を記載しましたが、特に教育職の非正規雇用教職員の労働条件に留意することが、労使紛争防止の観点からも有効です。
(1)非常勤講師
①契約上の労働時間
契約上の労働時間を担当授業(コマ)時間のみで契約を締結してしまうと、授業時間以外の打合せ、会議、雑務等の時間の賃金が未払いとなる恐れがあります。授業時間当たりの賃金額は、高い水準にありますので、授業以外の業務に従事する時間を含めて契約を締結することをお勧めしています。
②休日(労働日)
夏季休暇、冬期休暇、春季休暇といった学業休業日の他に、学校行事やその振替休校等で、週日の授業が実施されない場合が少なくありません。年度の初めまでに確定した学校の行事予定等に合った休日(労働日)のカレンダーの交付をお勧めしています。
(2)常勤講師等
本稿1(1)に記載した契約社員的な位置付けの常勤講師等は、有期労働契約のフルタイムであることが多く、労働契約法第20条の「期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止」に留意しなければなりません。
(3)無期労働契約への転換と労働契約法第18条の特例
平成25年4月1日の労働契約法第18条の施行から5年が経過し、平成30年8月現在は、同条による「無期労働契約への転換」の申込みをすることができる労働者が存在しています。これ迄の私立学校の非正規雇用教職員の多くは有期労働契約であり、特に非常勤講師は毎回の契約更新に際して、労働時間、始業終業時刻、休日(労働日)等の労働条件の変更を行っています。無期労働契約への転換により、この機会がなくなりますので、これを維持するのであれば同条の「別段の定め」をする必要があります。 また、研究開発システムの改革の推進等による研究開発能力の強化及び研究開発等の効率的推進等に関する法律第15条の2第1項及び大学の教員等の任期に関する法律第7条第1項により、労働契約法第18条の無期転換申込権発生までの期間「5年」を「10年」とする特例が設けられています。
6.主な安全衛生管理体制等
私立学校の多くは、衛生管理者及び産業医の選任と報告、衛生委員会の設置が必要とされる規模です。
(1)衛生管理者
労働安全衛生法第12条第1項、労働安全衛生規則第10条第4号及び衛生管理者規程(昭和47年9月30日労働省告示第94号)により、保険体育の教員等一部の教育職には衛生管理者の資格が認められていますので、他の業種より選任は容易であると言えます。
(2)産業医
私立学校には、そもそも学校保健安全法23条により、学校医を置くものとされています。学校保健安全法第1条は「学校における児童生徒等及び職員の健康の保持増進を図るため学校における保健管理に関し必要な事項を定める」と規定しており、教職員もその対象としていますが、どちらかと言うと児童生徒等に重点を置いた内容です。要件に適えば学校医が産業医を兼ねることは可能ですが、専門分野、仕事量について考慮する必要はあるかと思います。
(3)衛生委員会
衛生委員会の構成員、議事録の作成と保存等について行政指導を受ける例がありますので、留意する必要があります。
7.社会保険労務士にとっての私立学校
文部科学省調べによる学校法人および準学校法人数は、7,806法人であり、設置されている私立学校数は17,436校です。一例としての国土交通省「建設業許可業者数調査(平成30年3月末現在)」の建設業許可業者数464,889業者および他の業界と比較しても、決して多くはありません。また、少子化が進行する日本の状況、参入の容易さ等からしても法人数が大幅に増加することは考えにくいところです。しかしながら、雇用管理、労働時間管理、賃金管理といった業務では、社会保険労務士が関与する余地の大きい業界でもあります。また一方で、書類作成・提出代行業務のニーズは少ないかと思われます。
※本内容は、2018年10月発刊時点の情報となります。