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ダイバーシティの現場から…(第7回 『高齢者編』1)
<日隈 久美子 氏>
雇用のダイバーシティは、現在、国を挙げて推し進めている働き方改革と並行して、日本の労働の未来を担う根幹の理念であり、もはやその実践なくしては労働力不足が加速している国を支えていくことすら難しくなってきています。女性、障がい者、外国人労働者などと並び、まず真っ先に考えられるのは高齢者の就労でしょう。知識も経験も豊富な高齢者を企業の貴重な戦力として、心身ともに健康でより長く働いてもらえるように、社労士が知っておきたい高齢者雇用に関する基本的な事項をお伝えします。
1.高齢者の定義とこれからの展望
まず、いったい何歳から高齢者と呼ぶかについては、特に決まった定めがあるわけではありません。ちなみに国際機関の中でも定義は様々で、OECD(経済開発協力機構)では60歳以上、WHO(世界保健機関)では65歳以上となっています。 日本では、内閣府が2013年に発表した『高齢期に向けた「備え」に関する意識調査』で、約4割の人が自分たちが高齢者だと思う年齢について「70歳以上」であると回答しています。また、法令ごとでも定義が異なっています。 例えば、高年齢者の安定した雇用の確保・再就職の促進等により、高年齢者の職業の安定その他福祉の増進を図る「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」(高年齢者雇用安定法)においては、高年齢者は55歳以上、中高年齢者は45歳以上としています。しかし、同法が制定されてすでに40年以上経過し、「人生100年時代」を迎えつつある現在においては、この定義はすでに世代遅れの感が否めません。なお、2017年には日本老年学会と日本老年医学会の連名で「現在、65歳であることが多い高齢者の定義が現状に合わなくなっているので75歳にしよう」という提言も出されています。ちなみに2015年の日本人の平均寿命は男性80.75歳、女性86.99歳で、今後も伸びていくことが予想されます。2007年生まれの子供の半数は107歳まで生きるとする研究もあります。 今までの「若い時に教育を受け、大人になってからは働く、もしくは子育てに専念する。定年退職や現役引退するとその後は余生」というこれまでの人生モデルでは通用しなくなりつつあるという見解が有力です。 「人生100年時代」を生き抜くために、年齢にかかわらず新しい知識を学び、再び仕事へ戻る、副業を始める、ボランティア活動をする、起業するなど新しい人生設計が今必要になってきています。
2.高齢者の雇用状況の実態
ここでは高齢者が「シニア社員として仕事に戻る」、つまり継続雇用(あるいは再雇用)に焦点をあてていきたいと思います。 厚生労働省の2017年「高年齢者の雇用状況」集計結果によりますと、従業員31人以上の企業156,113社の状況をまとめた結果が次の通りになります。厚生労働省が報告書を送付した160,367社中156,113社、約97%の企業から回答を得ました。ここでは従業員31人以上300人以下を「中小企業」、301人以上を「大企業」としています。内訳としては中小企業139,888社、大企業16,225社から回答を得たことになります。
(1)定年制の廃止及び65歳以上定年企業の状況
定年制の廃止及び65歳以上定年企業は30,656社(対前年差2,115社増加)、割合は19.6%(同0.9ポイント増加)。 このうち定年制の廃止企業は4,064社(同変動なし)、割合は2.6%(同0.1ポイント減少)、65歳以上定年企業は26,592社(同2,115社増加)、割合は17.0%(同1.0ポイント増加)、また定年年齢別に見ると65歳定年企業は23,835社(同1,071社増加)、割合は15.3%(0.4ポイント増加)、66歳以上定年企業は2,757社(同1,044社増加)、1.8%(同0.7ポイント増加)となっています。
(2)希望者全員66歳以上の継続雇用制度を導入している企業の状況
希望者全員が66歳以上まで働ける継続雇用制度を導入している企業は8,895社(同1,451社増加)、割合は5.7%(同0.8ポイント増加)となっています。
(3)70歳以上まで働ける企業の状況
70歳以上まで働ける企業は35,276社(同2,798社増加)、割合は22.6%(同1.4ポイント増加)となっています。
この集計結果を見ると、昨今の人手不足、人材確保の困難さを乗り切るため、企業側もシニア社員を貴重な戦力として捉えていることがわかります。今までのような「ある年齢に到達したら第一線から退いて後進に道を譲る」という垣根を設けるのではなく、「身体が動くうちは生涯現役で」という雇用対策に意識が向けられているのです。この傾向は今後も続くと思われます。
3.企業におけるシニア社員の役割とシニア社員を活かすマネジメント
これまでの企業にとって、50代以上のシニア世代は「後継者を育ててもらいつつ、いかにしてキャリアを考え、リタイアしてもらうか」という存在でした。しかしながら、上記のアンケート結果にも表れているように、今のシニア世代は元気ですから、後進の育成だけでなく前線で活躍してもらいたいというように期待と役割が変化してきています。そのためには階層別キャリア研修も、セカンドキャリアを考えてもらう、といった視点だけでなく、さらなる能力開発を行い、引き続き前線で活躍してもらうためのプログラムを組んでいくことが求められていますし、そのためのマネジメントが急務になってきています。 つまり、シニア層には従来通りのマネジメントの常識では不十分であり、基本や原則は世代とは関係ないにしても、若手社員と同じようなマネジメントでは効果がない場合もあることから、シニア層に合ったマネジメントが必要だと考えられています。 シニア層に合ったマネジメントを考えるにあたって、シニア層には経験や知識の蓄積という強み(これを「結晶性能力」といいます)がある反面、若手層に比べて抽象的なことを考えるのが苦手になったり(これを「流動性能力」といいます)(図3)、体力的な弱みが生じたり(図4)ということが明らかになってきています。具体的には、新しい物事や環境といった不確実性に順応する力は、加齢とともに衰えていくことが、多くの研究を通してわかってきており、新規事業の立ち上げなど予期せぬ事態が起こりやすい職場は、シニアが苦手とする環境となりやすいといえます。一方で、作業手順や型がきちんと決まっているような仕事は、経験や知識の蓄積というシニアの強みが活かせる分野です。
また、仕事に対する熱心さを示す「エンゲージメント」は「きちんとした」環境を好むシニア社員ほど高まりやすいという研究結果も出ています。きちんとしているというのは、業務が計画的に行われていたり、仕事が秩序立っていたり、社内のルールがきちんと決まっていたりすることです。こうした点を好むシニア社員ほど仕事熱心であるのに対して、若手層(30代の非役職者)では、きちんとしていることを好むかどうかと、仕事に精力的であることに、それほどの相関は見られませんでした。そう考えると、若手層への指導も大切ですが、むしろきちんとしたことを好むシニア社員を増やすことで、職場の意識向上を図ることも期待できるかもしれません。さらに、新しいものが苦手だという自覚があるなど、自分の弱みを理解できているシニア社員であればなおさら、経験や知識の活かせる現場で、高いパフォーマンスを発揮し、周囲に好影響を与えることもあるでしょう。 今後、社労士として企業の労務管理のアドバイスをするうえで、シニア社員の特性や仕事の向き・不向きといったことを理解しておくことはとても重要だといえるでしょう。
(次号につづく)
※本内容は、2018年6月発刊時点の情報となります。